『ディア・ファミリー』を“よくある作品”と敬遠するのはもったいない 映画化必然の実話

『ディア・ファミリー』映画化必然の物語

 現実に、ある家族が体験した悲しくつらい出来事に対して、こんな言い方は不謹慎かもしれない。それでも敢えて言わせてもらうなら、ここには「映画になるべくしてなった」とさえ言えるほどの、物語の強度があった。

※本稿は結末に触れています

 清武英利のノンフィクション『アトムの心臓 「ディア・ファミリー」23年の記録』(文春文庫)を原作にした映画『ディア・ファミリー』が描くのは、心臓外科手術に使われる「IABPバルーンカテーテル」という医療製品の開発秘話であり、ある家族の23年にわたる物語である。1970年代、名古屋で小さな町工場を営んでいた坪井宣政(大泉洋)は、次女の佳美(福本莉子)が先天性の心臓疾患のため20歳まで生きられないと宣告される。妻の陽子(菅野美穂)とともに治療法を探し求め、文字どおり世界中を飛び回る宣政だったが、解決策は一向に見つからない。それなら、自分の工場で人工心臓を作ってしまえばいい! 宣政は心臓医療の権威である大学教授や研究医たちの協力を仰ぎながら、前人未到の技術開発に没頭。試練のなかで家族の絆をつなぎとめようと努める陽子、しっかり者の長女・奈美(川栄李奈)、マイペースな愛されキャラの三女・寿美(新井美羽)、何より自らの病と健気に向き合いながら成長していく佳美の生きる意欲に支えられ、宣政はがむしゃらに己の道を突き進むのだが……。

 町工場の社長が地道な努力を重ね、行く手を阻む障害や権威の圧力にも屈することなく、孤軍奮闘の果てに世界に誇れる新技術を開発する。そんな『下町ロケット』的ストーリーは、日本人が大いに好んでやまないジャンルである。さらに、その原動力となるのが「愛する家族の難病を治すため」とくれば、それだけで心揺り動かされる観客は多いだろう。熱血技術開発譚+落涙必至の難病もの+人情味たっぷりのファミリードラマという組み合わせは、強い。

 なんだかまたセールスポイントをあげつらうような下品な書き方になりつつあるが、それだけが本作の魅力ではない。むしろ安易なフィクションが決して追いつけない実話の強み、「事実は小説より奇なり」と言えるほど常人離れした登場人物の執念や行動力にこそ、ドラマとしての強度がある。主人公が家族を救うために粉骨砕身するあまり家庭をかえりみなくなっていく矛盾、技術者としての偏執的なまでのこだわりには、熱情も狂気も紙一重であるという人間の性質を垣間見せてくれる。どうにもならない病魔という存在、医療業界の旧弊なシステムなど、あらゆる「壁」を突破しようと奮闘する主人公のドラマは、実に劇的であり、映画的だ。夜中に娘の容態悪化の報を受け、若き研究医・富岡(松村北斗)とともに東京~名古屋を車で移動するくだりには、活劇性すら迸る。

 「最も救いたかった命は救えなかったが、全世界で17万人の命を救うことになった」という主人公の宿命自体、すでに劇的なアンビヴァレンツをはらんでいる。繰り返しになるが、映画の作り手にとって、こんなに魅力的な物語にはなかなか出会えない。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「作品評」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる