『ディア・ファミリー』を“よくある作品”と敬遠するのはもったいない 映画化必然の実話
これだけ強度のある物語であれば、演出で余計なことをする必要はない……そんな心の声が聞こえるかのような、月川翔監督のオーソドックスに徹した演出も好ましい。大泉洋や菅野美穂をはじめ、芸達者たちを揃えた盤石のキャスティングからも「奇をてらったことはしない」という姿勢が透けて見えるようだ。一方で、医学知識や専門用語が頻出する物語のリアリティを補強するディテールには力を入れており、主人公のファナティックな性格も同時に強調する。劇中に登場する人工心臓製作のために開発した自公転回転成型機などは、主人公の実在のモデルである筒井宣政氏も作り込みに感心したという。
欲を言えば、肝心のIABPバルーンカテーテルの医学的・医療的ディテールはもっと掘り下げてよかったと思う(やりすぎるとうるさくなるので、難しいところだろう)。そういう情報量のバランス操作は随所に感じられ、たとえば70~80年代の時代感の再現にも、突出させすぎないからこそ魅力的に見せるうまさがある。そのあたりのコントロールも見どころだ。
主演の大泉洋は、本作出演にあたってモデルである筒井氏本人と対面し、そのパワフルな印象を演技に投影したという。多少暑苦しく感じるぐらいの本作の演技は好悪分かれるかもしれないが、彼もまた「作品にとって望ましい演技スタイル」を見つけ出す名人なので、一部の映画通の好評よりも、全国の全年齢層に向けた感動作としての相応しさを選んだ結果だろう。個人的には『アイアムアヒーロー』(2016年)のような演技がまた観たいと思ってしまうが、それはまた別の企画を待つべきであろう。ともあれ“国民的俳優”としての本作への貢献度は非常に大きい。
一方、坪井家の女性たちもまたそれぞれにキャラクター性豊かで、父親の頑張りだけが目立つことを(いい意味で)許していない。なかでも、限られた青春を懸命に生きる次女・佳美の存在がきちんと際立っているのが本作の美点である。福本莉子の好演は、ままならない運命の悲哀と背中合わせの健気さに溢れ、80年代ファッションのかわいさも含めて尊い。また、家族の前では弱さを見せまいと努める長女・奈美を自然体で演じた川栄李奈の熟達ぶりも光る。そのほか、姉妹たちの幼年時代を演じる子役も含め、女性陣は全員が名演。昭和オヤジの奮闘劇に偏らず、母と3人の娘たちのドラマも細やかに構築したシナリオ・演出のバランスも、現代の映画として成功した要因だろう。単なる「昭和の良妻賢母」とは違った個性を滲ませる菅野美穂の妙演も見どころだ。
よくある人情もの+難病ものだと思って甘く見ると、確実にもったいない思いをする。月川翔監督の芸域をさらに広げた感もある、良質のドラマである。
■公開情報
『ディア・ファミリー』
全国公開中
出演:大泉洋、菅野美穂、福本莉子、新井美羽、上杉柊平、徳永えり、満島真之介、戸田菜穂、川栄李奈、有村架純、松村北斗、光石研
原作:清武英利『アトムの心臓「ディア・ファミリー」22年間の記録』(文春文庫)
監督:月川翔
脚本:林民夫
主題歌:Mrs. GREEN APPLE「Dear」
音楽:兼松衆
制作プロダクション:TOHOスタジオ
配給:東宝
©2024「ディア・ファミリー」製作委員会
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