『ユニコーン・ウォーズ』の主人公はなぜテディベアなのか “移行対象”としてのぬいぐるみ

『ユニコーン・ウォーズ』人形に託された思い

 『人形メディア学講義』(河出書房新社)という本を書いた菊地浩平さんという研究者がいる。菊地さんは、ぬいぐるみをはじめとする人形と人間の関わり方が専門の“人形文化研究者”だ。

 その菊地さんが著書の中で紹介していた、精神分析家ドナルド・ウィニコットの「移行対象と移行現象」という論文がある。ウィニコットによると、子どもがぬいぐるみや毛布などに依存するのは、成長のために必要なことだと言う。泣くだけで母親が願いを叶えてくれていた乳児期から、「母親は自分の一部ではない」ということを理解していくために、主観と客観という2つの世界を橋渡ししてくれる存在が必要になる。ウィニコットが「移行対象」と呼ぶその存在こそ、ぬいぐるみや毛布なのだ。

 菊地さんは、ウィニコットが唱えた「ぬいぐるみは成長の過程で必要なもの」という考え方がいつからか、「ぬいぐるみは“卒業”するもの」という認識に変化してしまったのではないかと考察している。だが、ウィニコットはむしろ「移行対象」は子どもだけのものではなく、一生を通じて人間の健全な精神を支えるものと位置づけているのだ。

 本作の登場人物がテディベアの形で登場するのは、ぬいぐるみという存在が「幼さ」や「弱さ」の象徴とされ、いつかはそれを捨てるべきだと考えられてきたことと関係している。

 それを象徴するように、主人公のアスリンは、幼い頃は内気で泣き虫なテディベアだったのが、両親の離婚や軍への入隊を経て、どんどんマチズモに染まり、優しい兄のゴルディを憎むようになっていく。自らも「移行対象」のテディベアでありながら、弱さや繊細さを隠そうとしないゴルディを否定することで、うわべだけの“成長”を遂げようとするのだ。

 『くまのプーさん』しかり、『ひょっこりひょうたん島』しかり、真に戦争の愚かしさを知っている作家ほど、その思いをぬいぐるみや人形に託す。それは本作も同じだ。『ユニコーン・ウォーズ』は、現実世界をただアニメーションに置き換えているのではなく、テディベアを通して人間の本質を描き出している。

 「大人がぬいぐるみを持つなんて」と嘲笑する、主観と客観の切り分けができていない人にこそこの映画を観てほしい。

■公開情報
『ユニコーン・ウォーズ』
5月25日(土)より、シアター・イメージフォーラムにて先行公開
5月31日(金)より、TジョイPRINCE品川ほかにて全国順次公開
監督:アルベルト・バスケス
提供:リスキット/チームジョイ/トムス・エンタテインメント
配給:リスキット
協力:インスティトゥト・セルバンテス東京
2022/スペイン・フランス映画/92分/カラー/2K/ビスタ/5.1ch/スペイン語音声/日本語字幕/PG12/原題:Unicorn Wars/翻訳:堀江真理
©︎2022 Unicorn Wars
公式サイト:unicornwars.jp

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「週末映画館でこれ観よう!」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる