競馬歴40年が劇場版『ウマ娘』を観てみた “史実競馬”をモチーフにした物語を分析

競馬歴40年が劇場版『ウマ娘』を観てみた

 勝負事に「たら・れば」がないのはわかっちゃいるが、競馬好きには「もしも、あのウマがこのレース走っていたら」と妄想する性癖があると思う。いや、大好きだと思う。とくに5大クラシックレースである「皐月賞・東京優駿(日本ダービー)・菊花賞」(三冠ともいう)と牝馬限定の「桜花賞・優駿牝馬(オークス)」(これに秋華賞を加え牝馬三冠という)には、3歳馬限定という年齢制限があるので、世代を超えた闘いを見ることができない。だから妄想は膨らむばかりだ。

 5月24日に公開された劇場版『ウマ娘 プリティーダービー 新時代の扉』。舞台は2001年のクラシック三冠に近い設定となっている。一介の競馬好きのオジさんからすると、「娘がウマ?」「女の子が皐月賞?」と、頭の中はもうちんぷんかんぷんだったが、映画を観るにつれて次第に当時の記憶を思い出すことになった。確かに走っているのはウマ娘なのだが、「さすが世界に誇る日本アニメーション!」といわんばかりに、背景に描かれている競馬場のスタンドや競馬場のコースなども本物そっくり。競馬場に響き渡る歓声や、レースシーンも当時の結果を忠実に再現している。

※以下、『ウマ娘プリティーダービー 新時代の扉』のネタバレあり
※史実の競走馬の名前には号を付けています

 そしてレース終盤、次第にギアを上げていくウマ娘たち。そのカラダから発する光の線は、アニメ好きでもある筆者にしてみれば、まさに『僕のヒーローアカデミア』のような世界観だ。ウマ娘はサラブレッドのように速く走るという特殊能力を持った超人なんだ。そう思えば、観る前に感じた違和感も解消されていった。

 クラシック三冠といっても、結果を振り返ると毎年さまざまなレース模様を見せる。1994年のナリタブライアン号や2005年のディープインパクト号、2020年のコントレイル号など、皐月賞・ダービー・菊花賞の三冠すべてを制したウマが登場する年もある。まさしくアイドルホースが誕生した瞬間だ。

 一方、2023年のように皐月賞はソールオリエンス号、ダービーはタスティエーラ号、菊花賞はドゥレッツァ号というように優勝馬がバラバラの年もある。劇場版『ウマ娘』のモチーフとなっているだろう2001年も皐月賞がアグネスタキオン号、ダービーがジャングルポケット号、菊花賞がマンハッタンカフェ号と2023年と同様の結果で終えた。ただし、競馬好きのお歴々にとって、2001年は印象深いと思う。その理由は、圧倒的な強さで一冠目の皐月賞を制したアグネスタキオン号が、直後に屈腱炎を発症し、引退を発表したことだ。屈腱炎とはウイニングチケット号やビワハヤヒデ号など名馬をも引退に追い込んだ恐ろしい病気だ。

 またフジキセキも、1995年の弥生賞後に屈腱炎を発症し、引退を余儀なくされている。当時のメディアはこぞって「幻の三冠馬」と呼んでいたと思う。その年は皐月賞をジェニュイン号、ダービーをタヤスツヨシ号、菊花賞をマヤノトップガン号が制することとなった。実のところ、馬の気持ちなど誰もわかりはしないが、本作品の主役ジャングルポケット(というウマ娘)が、フジキセキ(というウマ娘)に憧れてウマ娘になったという話はとても印象に残った。

 そんな劇場版『ウマ娘』は、いきなりレースシーンから始まった。師走の阪神競馬場で行われるG1ホープフル杯(当時はG3ラジオたんぱ杯3歳ステークス)にも見える。ここで、のちの皐月賞馬アグネスタキオンと本作の主役であるダービー馬ジャングルポケットが対決する。

 劇場版『ウマ娘』と関係はないが、史実上のアグネスタキオン号は、母がアグネスフローラ号、父がサンデーサイレンス号という血統を持つ。母アグネスフローラ号は1990年の桜花賞を勝利した名牝で、祖母も1979年にオークスとエリザベス女王杯を制している。一方、父サンデーサイレンス号は、日本の競馬を変えたといわれるほどの希代の種牡馬で、産駒にはG17勝のディープインパクト号をはじめ、そのディープインパクト号を有馬記念で破ったハーツクライ号など超一流馬が並ぶ。くわえて、2000年のダービーを制したアグネスフライト号は、アグネスタキオン号の全兄(両親が一緒の兄)であった。その血統から競馬ファンの期待値は否が応でも上がった。

 対するジャングルポケット号は、アグネスタキオン号に比べると派手さに欠ける感は否めないが、父のトニービン号はアイルランド産の競走馬で、6歳時に世界最高峰のG1凱旋門賞を5番人気で制している。産駒も優秀で、ベガ号(1993年桜花賞・オークス)、ウイニングチケット号(1993年ダービー)、エアグルーヴ号(1996年オークス、1997年天皇賞・秋)とそうそうたる顔ぶれだ。

 当時のレースでは、クロフネ号(のちにG1NHKマイルカップを制する)が1番人気、アグネスタキオン号が2番人気、ジャングルポケット号が3番人気で迎えた。そして、走り出すとアグネスタキオン号がクロフネ号とジャングルポケット号をマークする形で進み、最後の直線に向かうと強烈な末脚を繰り出したアグネスタキオン号が2頭を抜き去って圧勝(1着アグネスタキオン号、2着ジャングルポケット号、3着クロフネ号)。そのときのタイムは、当時のレースレコード(2分00秒8)だった。

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