平泉成の役者人生が示す“脇役いてこその主役” 初の主演作『明日を綴る写真館』に至るまで
『20歳のソウル』に続いて写真館を経営している役である。カメラを構える体勢や写真を扱う仕草がじつに自然だ。さらに、決して有名なわけではない町の写真館のおやじながら、新鋭カメラマンに敵わないと思わせる魅力が撮った写真にあるという設定でもある。
写真はものすごく優しくあたたかいのに、当人は一見、気難しそうな人物でもある。政治家や刑事じゃないけれどやっぱり一筋縄ではいかない人物を平泉は、いかにも風変わりな、クセの強い人物としては演じない。生活者としてその土地に生きている人物のリアリティーをもって演じている。
「芝居の巧さを見せるのではなく、素人さん?と間違われるくらいに、どこにでもいるおじさんのようにやりたいといつも思っているんですよ」と平泉は主演映画の取材で自身の演技についてこう語った。
そこで思い出すのは、是枝裕和監督作『誰も知らない』(2004年)のコンビニ店長役。コンビニ店内に溶け込みながら、けして埋没せず、ビニール袋をくるりと回す扱い方を店員に教えている姿が印象に残る。この役も善人でも悪人でもなく店の経営のことだけ懸命に考えて生きている人なのだろうけれど、それが主人公の少年には脅威にもなるという説得力が淡々とあった。
カメラマンは特殊な技能職だ。カメラを持って歩き慣れた地元をぶらつき、シャッターを押すとき、ふだんどんなに穏やかでやさしげでも、一瞬を捉えるその目は獲物を捉えるように鋭い。そんな感じがよく出ていた。そして、平泉はそういう俳優なのではないかとも思った。
平泉はもともと写真が趣味なのだそうだ。50年くらい前に一眼レフカメラを使いはじめてから、人物から風景までずいぶん写真を撮ったものだという。しかも、ファッション写真の大家・吉田大朋に写真を教えてもらったこともあるというのだ。
平泉は才能と同時に、出会いにも恵まれている。『明日を綴る写真館』の舞台となった愛知県岡崎市に生まれた平泉は、俳優としてデビューする前、名古屋のホテルに就職した。住み込みの同部屋になった同僚が、同志社大学の相撲部の出身で、役者をやりたいと相談したら、大スター俳優・市川雷蔵が知り合いだからと紹介された。それがきっかけで1964年、大映京都第4期フレッシュフェイスに選ばれ 三隅研次監督作『酔いどれ博士』(1966年)でデビューし、以後、60年、バイプレイヤー一筋でやってきたのだ。雷蔵主演、田中徳三監督の活劇『大殺陣 雄呂血』(1966年)などモノクロ映画にも出演経験があるのだから、日本映画の生き字引的存在である。
撮影所で学んだことは、主役の横を歩く役でも、その人の背景を考え、それに合った気持ちを作って芝居に臨むことの大切さだ。
「気持ちをしっかり作った人たちが、10人、100人集まって、空気を作り出し、そこに主役がすっと入って、はじめて芝居が成立する。ただ人数だけ集めても空気は出せない。時間や季節や、いろいろなものを共有しながらそのシーンの空気を作る。そこではじめていい画が撮れる」と撮影所でしょっちゅう言われていたそうだ。
この言葉に筆者はバイプレイヤーの矜持を感じて胸が熱くなった。もちろん主役は魅力的だ。でも主役>脇役ではなく、脇役いてこその主役でもあるのだ。
だからこそ、短い出番のコンビニ店長でも、刑事でも、政治家でも、老人でも、平泉成は平泉成ではなく、その世界に生きている者になる。そんな平泉成のはじめての主演映画に、佐藤浩市、吉瀬美智子、高橋克典、田中健、美保純、赤井英和、黒木瞳、市毛良枝と主演級の名優たちが脇役に回っている。彼らに支えられ、これまで多くの主演俳優を輝かせてきた平泉成が主役として輝く瞬間――それでも平泉はドセンターででんっと構えることなく、街に、家に、写真館に、そっと佇んでいる。この世で生活者こそが主役であることを示すように。
■公開情報
『明日を綴る写真館』
6月7日(金)全国公開
出演:平泉成、佐野晶哉(Aぇ! group)、嘉島陸、咲貴、田中洸希、吉田玲、林田岬優、佐藤浩市、吉瀬美智子、高橋克典、田中健、美保純、赤井英和、黒木瞳、市毛良枝
原作:あるた梨沙『明日を綴る写真館』(BRIDGE COMICS / KADOKAWA 刊)
企画・監督・プロデュース:秋山純
脚本:中井由梨子
企画協力:PPM
製作:ジュン・秋山クリエイティブ
配給:アスミック・エース
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