ネタバレ=絶対悪なのか? 劇場版『名探偵コナン』試写会なしの意味を考える
心の健康のためにネタバレが必要なケースも?
タイパ指向とは別の方向からネタバレを求める人々もいる。
アメリカには、「Does the Dog Die?」というサイトがある(※5)。これは映画の中で犬が死ぬシーンがあるかをユーザーが確認できるようにしているサイトだ。日本のSNSでも犬が登場する映画に「犬は死にませんから、愛犬家のみなさんも安心して」のような投稿をする人もいるが、それをデータベースにしたサイトである。
このサイトが興味深いのは、犬が死ぬかどうかに留まらず、あらゆる内容について、細かく項目を設けてネタバレをしている点だ。例えば、「息苦しそうにする人は出てくるか?」とか、「誰かが唾を吐くシーンはあるか?」、「ピエロが出てくるか?」「ゲロを吐くシーンはあるか?」などなど。あるいは、「トランジェンダーの登場人物がシスジェンダーを罠にハメるようなステレオタイプな描写はあるか」のような、ジェンダー表象に関する項目もあるし、さらには「光や映像が点滅しているシーンはあるか」といった細かい演出に関する項目まで用意されている。
多くの人にとっては問題ない描写も、人によってはトラウマを引き起こしかねないものもある。例えば交通事故で親しい人を亡くされた方なら、映画の中でそれを思い出すようなシーンは観たくないだろう。このサイトはそういう精神の不調を引き起こしたくない人が内容を確認するためのサイトだ。
トラウマを刺激する可能性のある表現が作中にある場合、あらかじめ周知することをトリガーアラートと言うが、日本映画では『すずめの戸締まり』の地震警報のアラーム音について注意を促したり、『52ヘルツのクジラたち』がフラッシュバックを引き起こす懸念を事前に公式サイトで周知するなどの例がある。
公式サイトで注意喚起できるものは最低限なものに限られるが、実際には何がトラウマを起こすかは人それぞれである。そういう人のために「Does the Dog Die?」はある。このサイトの創設者はサイトにこう記している。「私は映画をネタバレすることに誇りを持っている。なぜなら、誰もが心の健康を保つチャンスを得るに値するからだ」(※6)。
ネタバレを絶対悪とは言えない
ネタバレを必要としている人が世の中にいる以上、ネタバレを絶対悪とするのは良くないと筆者は考える。とはいえ、ネタバレしてほしくない人もたくさんいる。事故のようなネタバレを防ぎながら、情報を出していく方法を模索する必要があるし、個々人もいかに不本意な情報を避けるかを考えるしかない。
日本のSNSでは、テキストの一部を伏せ字にしてツイートできる「ふせったー」のようなサービスに感想を書くことをマナーにしている人もいるし、公開直後はワードミュートして自衛する人も多い。まあ、ネット上での自衛方法はいくらでもあるのだが、難しいのは映画館のロビーであって、ヘッドホンで耳をふさぐくらいしかないかなと思う。劇場ロビーでのネタバレトークを自重するように注意喚起するケースも増えている。
重要なのは、自ら選択できる環境があることだ。ネタバレをされたくない人は情報を遮断できて、ネタバレが欲しい人は、情報を確認できるようになる状態が望ましいのだろう。こういう場面でAIサービスは活用できないものだろうか。「この映画で犬は死にますか?」と質問したら、それだけを答えてくれるようなAIがあれば需要がありそうだし、悪質なネタバレサイトも撲滅できそうな気がする。
参考
※1. https://www.sankei.com/article/20230524-QWMUGO3FFVGKNCYMWIJQNIU7HU/
※2. https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/232/090232_hanrei.pdf
※3. https://natalie.mu/comic/column/469776
※4. https://www.businessinsider.jp/post-236701
※5. https://www.doesthedogdie.com/
※6. https://www.doesthedogdie.com/blog/i-spoil-movies-and-im-proud-of-it