『ちいかわ』の怖さは“食物連鎖からの追放”にあり? 過去作から紐解く捕食のグロさ

『ちいかわ』の怖さは“食物連鎖からの追放”?

 我々ニンゲンは、食物連鎖の頂点だ。日々の生活のなかで、誰かのエサになる恐怖なんて微塵も感じることはない。

 スーパーに行けばパックされた魚の切り身が並んでいるし、レストランに行けば美しい肉料理が運ばれてくる。我々は、安全な場所から一方的に他者の命を消費する、絶対的捕食者として振る舞っているのだ。

 にもかかわらず、フィクションの世界では執拗なまでに人間が食われる恐怖が描かれ続けてきた。ゾンビの群れだの、巨大な人食いザメだの、得体の知れないエイリアンだの。ポップカルチャーにおいて、捕食を描く最大の意味。それは、人間だって所詮はタンパク質の塊であり、巨大な自然界のシステムの一部に過ぎないという、ミもフタもない真理を突きつけることにある。

 肉体がギャンギャンに引き裂かれ、消化液でドロドロに溶かされ、自分を殺した相手を動かすためのカロリーへと変換されていく。私という尊厳が根底から砕け散り、圧倒的な暴力の前でただのエサへと成り下がる。これ以上の恐怖があるだろうか?

 この実存的悪夢をほのぼのディストピアとして描いてしまったのが、ナガノによる大人気作品『ちいかわ』(2020年〜)だ。

 彼らは自然豊かな世界で労働に励み、美味しいものを食べ、ささやかな友情を育んでいる。だがその日常は、常に捕食者(でかつよ、キメラ)によって生命の危機を脅かされている。無垢な存在が突然理不尽な力に襲われる、弱肉強食の世界。ここには、我々が目を背けがちな食物連鎖の業が絶えず脈打っている。

 作者のナガノは、ちいかわ以前にもこの捕食の恐怖を『もぐらコロッケ』(2017年〜)という作品で描いていた。もぐらコロッケとは、モグラのような顔立ちでありながら、頭部がサクサクの衣で覆われているという、奇妙な生態を持つキャラクター。ボディは美味しいコロッケであるため、常に捕食者たちから命を狙われている。

 この作品には、なかなかにハードなエピソードが存在する。ある日、一匹のもぐらコロッケが街で評判の美味しいコロッケを購入。サクサクの衣に包まれたその味に昇天するほどの幸福を味わうのだが、ふと彼は気づいてしまう。その極上のサクサク感は、自分たちの頭を覆う衣とまったく同じであることに。

 美味しさの虜になった彼は、夜中に見る夢のなかでもコロッケを求め、あろうことか隣で眠る仲間の頭を無意識にカジってしまう。翌朝、頭の一部を欠損した仲間が鏡を見て絶叫する横で、彼は自らが犯した罪の大きさに激しく動揺。この悲劇をきっかけに、彼はコロッケを食べたことで共食いに目覚めた異形の存在、ともぐいへと変貌してしまう。ちなみに頭をカジられた被害者は、その後ふたたび油で揚げ直されることで、モヒカン頭のロックとして生きることになる。

 市場で売られているコロッケを消費者として楽しんでいたはずが、その行為を通じて自分たち自身もまた消費される側であるという真理に直面し、加害者へと転落していく。この食うか食われるかの関係性の反転を、大画面というフォーマットを得て先鋭化したのが、ついに劇場公開を果たした『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』(2026年)だ。

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