『風、薫る』黒川はなぜ朝ドラファンの心を掴んだ? 平埜生成が体現した“覚悟”

薫る』黒川はなぜ朝ドラファンの心を掴んだ?

 NHK連続テレビ小説『風、薫る』の放送も残り2カ月。本作は第16週から「新潟編」に突入し、患者に触れることができなくなったりん(見上愛)が看護の仕事を離れ、新潟で女学校の舎監として働く姿が描かれている。おそらくりんは知り合いが誰もいないこの地で自分を見つめ直し、看護婦として再出発するのだろう。そんなりんの人生の大きなターニングポイントとなる新潟編で株を急上昇させているのが、平埜生成演じる医師の黒川だ。

 少し話は逸れるが、朝ドラファンの間では、劇中に登場する特定のキャラクターを愛着込めて「俺たちの〇〇」と呼ぶ文化がある。元祖は、『おかえりモネ』(2021年度後期)の菅波(坂口健太郎)。無愛想で理屈っぽいが、不器用ながらもヒロインの百音(清原果耶)を支える姿が視聴者の心を掴み、彼が登場するたびにハッシュタグ「#俺たちの菅波」がSNSを席巻した。その後、「俺たちの〇〇」呼びは定番化。筆者が観測したところでいうと、『ちむどんどん』(2022年度前期)の矢作(井之脇海)、『虎に翼』(2024年度前期)の轟(戸塚純貴)に対しても頻繁に使われていたように記憶している。彼らは第一印象こそ感じ悪いが、徐々に優しさを垣間見せ、最終的には主人公を助ける頼もしい存在となっていくことが多い。

 本作では、まだごく一部の視聴者からではあるものの、黒川が「俺たちの黒川」と呼ばれ始めている。黒川といえば、りんが東京で働いていた帝都医科大学附属病院の外科助手。当初は他の医師たちと同様に仏頂面で、冷たいオーラを放っていた。印象的だったのは、貴賓である和泉侯爵夫人・千佳子(仲間由紀恵)が乳がん治療で入院してきたときのこと。黒川は、まだ看護婦見習い生だったりんたちに「くれぐれも勝手なことをしないように」と釘を刺す。その後、病院が手術への恐怖や孤独感からスタッフに当たる千佳子の世話をりんに押し付けた際にも、彼は「彼女に任せて、本当に大丈夫でしょうか」と院長に疑念をこぼしていた。

 思えば、このときから黒川の医師としての矜持は垣間見えていた。当時はまだ看護婦という職業は浸透しておらず、その存在意義も役割も、権威ある帝都医大の医師ですら十分に理解できていなかった。そんな状況でも他の医師たちは、何か問題が起きれば、見習い生たちを派遣した看護婦養成所に責任を押し付ければいいと考えていたが、黒川はまだ十分な経験を積んでいない見習い生を患者に任せること自体に慎重だったのではないだろうか。それは彼女たちを信用していなかったからではなく、患者を危険にさらしてはならないという医師としての責任感ゆえだ。

 しかし、自分たち医師とは異なる視点から患者に寄り添う看護婦の存在に触れ、黒川にも少しずつ変化が生まれていく。手術介助がうまくできなかったりんにかけた「手術室に看護婦がいたと聞けば、患者は安心する」という言葉からは、確かに看護婦に対するリスペクトが感じられた。特に千佳子の固く閉じた心に唯一触れることができたりんには、一目置いていたのではないだろうか。りんは救いたい相手が目の前にいたら、その人のためにできることを最後まで探し続ける。看病婦のツヤ(東野絢香)から看護婦になりたいと打ち明けられたときも、その願いを叶えるために最後まで尽くしたりん。そんな彼女の姿を見た黒川は「苦手だったなあ。ああいう、passionate teacher(熱血教師)」と苦笑いしつつも、どこか感心したように口元を緩ませていた。

 りんが末期がんを患う患者・山本(本田大輔)を無断で外に連れ出した際も、黒川は「何が正しかったかなんて、山本さんに聞いてみなきゃ分からない。あのまま病室の天井を眺めながら1人で死ぬ可能性もあった」と語り、彼女の行動を一方的に否定することはなかった。その言葉から伝わってくるのは、医療者が一方的に「正解」を決めることへのためらいだ。患者一人ひとりと真摯に向き合い、その思いを汲み取ろうとすればするほど、何が正解か分からなくなる。だからこそ黒川は、患者のために悩み続けられるりんこそ、医療の現場に必要な存在だと考えたのではないだろうか。

 新潟にある実家の病院を継ぐにあたり、りんに看護婦取締として働いてほしいと願い出た黒川。りんはその申し出を断るものの、間もなく新潟の村で赤痢が発生し、彼の要請で現場へ同行することになる。印象的だったのは、村八分になることを恐れ、赤痢にかかった妻を避病院に連れていくことを拒む太助(板橋駿谷)に、黒川が「私のせいにすればいいがね」と寄り添うシーンだ。感染への恐怖から集団パニックに陥った村人から罵詈雑言を浴びようと石を投げられようと、毅然とした態度を崩さなかった。患者を救うために、自分が矢面に立つことを引き受けるその姿には、SNSで称賛の声が上がっている。黒川は、りんが看護婦として再出発するきっかけを作ると同時に、製作陣がこのエピソードで描きたかったであろう、医療に従事する者の覚悟を体現する存在でもあった。

 そんな重要な役割を持った黒川を演じた平埜は、『カムカムエヴリバディ』(2021年度後期)や『虎に翼』(2024年度前期)に続いて3度目の朝ドラ出演。いずれの作品でも大げさな表現に頼ることなく、誠実な芝居でどっしりと物語を支えてくれる。その絶大な安心感が、黒川という人物をより一層魅力的に映し出していた。視聴者が「俺たちの黒川」と呼びたくなるのも納得だ。新潟編の終了とともに、黒川の出番はなくなるのだろうか。もしそうなったら、ロスは免れそうもない。

■放送情報
2026年度前期 NHK連続テレビ小説『風、薫る』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜~金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:見上愛、上坂樹里
脚本:吉澤智子
原案:田中ひかる『明治のナイチンゲール 大関和物語』
制作統括:松園武大
プロデューサー:川口俊介
演出:佐々木善春、橋本万葉ほか
写真提供=NHK
 

関連記事

リアルサウンド厳選記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「コラム」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる