『オーメン:ザ・ファースト』は前日譚として出色の出来 描かれた恐怖の画期的な試みとは

『オーメン:ザ・ファースト』の画期的な試み

 そして第1作で用意されていた、もう一つの恐怖が、“侵略される不安”だ。ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』が、ルーマニアからイギリスへと近づき、伝染病が被害を撒き散らしていくような動きを見せることで読者の不穏な感情を喚起させたように、『オーメン』もまた、ローマで生まれた正体不明の悪がイギリスを経由し、最終的にアメリカへと向かうことをラストシーンで暗示することで、アメリカの観客にぞっとするような不安を与えたのである。

 しかし一方で、このような恐怖表現を現代の作品のなかで繰り返すのには、懸念があることも事実なのではないか。なぜなら、生まれながらの得体の知れない悪が、外国から生活圏に近づいてくることを恐怖として描くというのは、移民や難民、多様な人種や、その国のマジョリティとは異なる文化、特徴を持っている人々を差別するようなニュアンスが含まれてしまうからだ。

 さらには、いろいろな個性を持つ子どもの自主性や行動をむやみに危険視する思想にも繋がりかねない。だからこそ、『オーメン』が放った恐怖を、現代に繰り返し継続するのには抵抗があるクリエイターは、少なくないのではないか。

 本作は、そこを修正する試みがおこなわれている。生まれながらの“悪魔の子”や、呪われた生まれの存在がいることは描きながらも、邪悪さから距離を取った生き方をする可能性を示すのである。そして、“悪魔の子”が生まれる背景に、ビル・ナイがここで演じる枢機卿に象徴されるように、教会という大きな組織が持つ権力や支配欲、隠蔽される罪があることも表現される。

 このような構図が示されるのには、現実の教会に対する、市民の不信感が反映している部分がある。日本を含め、世界的に宗教団体の内部で多くの性加害事件が起きていることが、とくに近年明らかになってきている。それは新興宗教ばかりでなく、長い歴史と多くの信者を持つ団体も例外とはならない。

 フランソワ・オゾン監督が『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』(2018年)で実際の事件を題材にし、フランスのカトリック教会で複数の児童への性加害がおこなわれたこと、教会幹部5人がそのことを知りながら沈黙していたことを告発したように、カトリック教会では複数の国で同様の事件や疑惑が持ち上がっている。

 性的虐待という犯罪を、より善く生きる道を指し示すべき聖職者がおこない、さらに権威ある聖職者たちがそれを隠蔽していたという実態が明らかになってくると、多くの一般市民は困惑し、信仰が揺らぐほどの動揺を与えられる者も少なくないはずである。本作で描かれる不安や恐怖というのは、まさにこのような、われわれが直面している現実の問題だと考えられるのだ。このような要素をテーマとすることで、『オーメン』の恐怖が現代にフィットしたかたちで、よりおぞましく表現することが可能になったと感じるのである。

 アルカシャ・スティーブンソン監督は、そんな加害のおそろしさに加えて、望まない出産のシーンを表現することで、女性の立場から、女性の身体が傷つけられたり、代理出産などで第三者に消費されることに対する嫌悪や不安をも投影しているのだと考えられる。最近アメリカでは、アリゾナ州が中絶を禁ずる法律を復活させたように、州によって妊娠した女性が自分の意志で堕胎できない、自分の身体を自分の意志で守ることができない状況が生まれている。

 本作は、そういった現状のさまざまな問題を、『オーメン』の世界、要素を使って再構成しながら、見事に恐怖表現や暴力表現へと変換し、観客に突きつけている。われわれは、そういった恐怖や現実を、スクリーンを通して追体験することになるのである。このような先鋭的な部分を過去の作品世界から引き出して表現し直した手腕は、高く評価されるべきだろう。

■公開情報
『オーメン:ザ・ファースト』
全国公開中
出演:ネル・タイガー・フリー、ビル・ナイ、ソニア・ブラガ、ラルフ・アイネソン
監督:アルカシャ・スティーブンソン
キャラクター原案:デヴィッド・セルツァー
製作総指揮・脚本:ティム・スミス
プロデューサー:デヴィッド・S・ゴイヤー
原題:The First Omen
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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