コールマン・ドミンゴがオスカーノミネート 『ラスティン』が“いま”製作された大きな意義

『ラスティン』が“いま”製作された意義

 一方で、舞台裏で活躍していたラスティンは、高い能力を持ち、人を惹きつける魅力を備えながら、なぜキング牧師のように前に出て人々を導く立場にならなかったのか……それが、本作の重要なポイントとなっている。劇中でコールマン・ドミンゴが演じるラスティンが語るように、彼は同性愛者であることを公言し、そのことを活動家の仲間の一部から問題視されていた事情があったのだ。

 もちろん、いまの目から見ればそのような差別はあってはならないことだが、性的指向の面で社会の理解が追いついていなかった時代には、ラスティンの存在自体が人種差別解消への理解を広げる上で妨げとなると考えられたというのは、意外なことではないだろう。実際、警察やFBIに目をつけられている彼は、同性愛者だということがスキャンダルとして扱われることで窮地に立たされるのである。この追いつめられていく状況のなかでの焦燥を、コールマン・ドミンゴは見事な演技で表現している。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 だが一方で、マイノリティの差別を解消することに“優先順位”が定められているのかという疑問も、本作は投げかけている。例えば、女性と有色人種の地位向上について、どっちを優先させるかなどという話は、多くの人々にとってナンセンスなことである。性的指向への差別もまた、本来ならば同時に解決すべき問題のはずだ。少なくとも同性愛者が同性愛者であることで、人種差別の活動をする際に引け目をおぼえたり活動に支障をきたす必要はないはずだ。

 にもかかわらず、ラスティンが大勢の人々と連帯し、人種差別と闘うには、懸念をおぼえる仲間たちをも説得し、もう一つの差別とも闘わなければならなかったのが現実なのである。このように厳しい立場におかれながら、それでも自分自身を偽ろうとはしなかったラスティンの姿勢は、むしろ現在の目から見たときに、よりブレがなく筋が通った思想だと感じられるのではないだろうか。

 本作が有色人種の差別を解消しようとする、ラスティンの運動に連帯する姿勢を見せていることは明らかだ。そして、そんなラスティンの活動が歴史的に評価されるのであれば、いまでは同時に解消するべき課題だと考えられている性的マイノリティに対する偏見もまた、全ての人が自由に生きられるようにするという同じ価値観のもとで払拭されなければならなかったというメッセージをこそ、ここでは発せられているのだと見るべきだろう。それが、本作が“いま”製作された大きな意義となっているのではないだろうか。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 本作を製作しているのは、バラク・オバマとミシェル・オバマによって設立されたハイヤー・グラウンド・プロダクションズだ。大統領時代のバラク・オバマは、2013年にバイヤード・ラスティンの功績を讃え、「大統領自由勲章」を授与しているという経緯がある。キング牧師の功績を知らない者は少ないが、だからこそ裏方として尽力した人物の功績を評価し、広く知らしめることには、確かに意味があるはずだ。

 残念なのは、オバマ大統領による表彰の時点で、ラスティンは死去していたということだ。しかしこの賞を、本作が描いたラストの後に彼のパートナーとなったウォルター・ネーグルが受け取ったという事実は、性的マイノリティに偏見があった時代を考えると、明るい材料だと感じさせるところがある。ラスティンの姿勢は、後の時代である現代に引き継がれ、たしかに前進を見せているのである。

 監督を務めたジョージ・C・ウルフは、やはりコールマン・ドミンゴが出演する『マ・レイニーのブラックボトム』(2020年)でも高い評価を受けている。この作品もまた、実在するアフリカ系アメリカ人のエピソードを映画化したものだった。主演のチャドウィック・ボーズマンは、これが事実上、最後に出演した長編映画作品となった。ボーズマンやヴィオラ・デイヴィスら出演陣は、ここでの演技において多くの受賞やノミネートを果たしている。

ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男

 ジョージ・C・ウルフ監督のもとで俳優が真価を発揮するというのは、彼が映画監督だけでなく、舞台の劇作と演出を長く手がけてきたからだと考えられる。議論したり精神的なぶつかり合いのシチュエーションが多く設定されることで俳優たちはそれぞれに見せ場やチャンスを与えられ、印象的な演技を引き出しやすい状況が生まれている。つまり、俳優の活かし方を心得ている映画づくりというところだろう。

 本作でも、キング牧師を演じたアムル・アミーン、NAACPのリーダーだったロイ・ウィルキンス役のクリス・ロックや、人権運動のなかでフェミニズムを重視していたアンナ・アーノルド・ヘッジマン博士を演じたCCH・パウンダー、活動家同性愛者としての差別に直面するジョニー・ネイミー、そして他の映画でオスカー候補となっているジェフリー・ライトなど、さまざまな才能と特色を持つ俳優たちの見事なアンサンブルを味わえる。そして、これほどの豪華な面々がジョージ・C・ウルフ監督作に出演を望むのは、もっともなことだと思えるのである。

■配信情報
『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』
Netflixにて配信中

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