オスカーは『バービー』『オッペンハイマー』の決戦に? “最大のサプライズ”から考える

第96回アカデミー賞ノミネートから考察

 アカデミー賞の作品賞候補がかつての5作品から10作品までに増加したのは2009年度の第82回からのことで(第84回から第93回までは5〜10作品と流動的だった)、そうなった背景には前年の第81回の際に、高評価を集めた作品が作品賞にノミネートされなかったことへの批判があったといわれている。実情としてそれだけを理由にルール変更がなされたわけではないのだが、そういう謂れが生まれるほどにクリストファー・ノーラン監督の『ダークナイト』という作品がアカデミー賞に相応しいと考えられたことはいうまでもない。

 あれからもう15年も経ったのかとただただ驚かされるのだが、その後のノーラン作品は『インセプション』が作品賞など8部門候補で技術部門を中心に4部門を受賞。『ダンケルク』が作品賞と念願の監督賞を含む8部門候補で、こちらも技術部門を中心に3部門を受賞。ノーラン自身がこのような賞レースに興味があるのかはわからないが、ようやく第96回アカデミー賞で15年分の雪辱を一気に晴らす最大のチャンスがめぐってきたようだ。

クリストファー・ノーラン
クリストファー・ノーラン監督『オッペンハイマー』©Universal Pictures. All Rights Reserved.

 ノーランの最新作『オッペンハイマー』は前哨戦の勢いそのままに、作品賞など最多13部門でノミネートを獲得。まず言えることは、13ノミネート以上を獲得した作品はこれまでのアカデミー賞95回分の歴史のなかで13作品(14ノミネート3本、13ノミネートが10本)。それらの作品はいずれも3部門以上で受賞にたどり着いており、半数以上の作品は作品賞を受賞している。

 このデータに加え、各地の批評家協会賞やゴールデングローブ賞などの前哨戦の結果を見る限り、今年は『オッペンハイマー』が大旋風を巻き起こす可能性は極めて高く、少なくとも監督賞と撮影賞、編集賞、作曲賞の4部門に関してはもう受賞当確と考えても差し支えないだろう。ここにサプライズが起きるイメージはまるで浮かばない。あえていうならば、近年のアカデミー賞は主役たる作品賞の発表の段階でなんらかのサプライズが(『ラ・ラ・ランド』的なことも含め)起きることは少なくない。そのため、『オッペンハイマー』が順当に作品賞を勝ち取れるのか否かという点に今年の話題は尽きるのだろう。

 そもそも今年のアカデミー賞は、2023年の映画界を思い出してみれば分かる通り、脚本家組合と俳優組合の長期にわたるストライキの影響が如実にあらわれている。賞レースを見据えて2023年後半に公開が予定されていたいくつもの作品の公開スケジュールが見直され来年以降に持ち越されたことで、作品賞の考慮資格を得た作品は265作品。これは前年の301作品から大幅ダウンであり、制作段階でコロナ禍の影響をもろに受けた作品が多々あった第94回(2021年度)の276作品をも下回っている。

Apple Original Films『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』画像提供:Apple TV+

 その影響もあってか各部門で波乱らしい波乱は少なく、順調に前哨戦で上位にいた作品たちが顔をそろえるという、意外性の少ないノミネート結果となっている。有力視されていた作品・俳優・監督が落選しても、それに代わって候補入りしたのはいずれも前哨戦から虎視眈々と上位を狙っていた顔ぶれであり、作品賞にいたっては最重要前哨戦としてしられる製作者組合賞のノミネート10作品と完全一致するという異例の事態が起きたほど。また作品賞候補10作品のうち9作品が脚本賞・脚色賞にそのまま並び(『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』の候補落ちは意外ではあるが、作品賞のうち脚色賞で考慮される作品が6作品あったのでやむを得ない)、衣装デザイン賞と美術賞は20年ぶりに同じ5作品が並ぶなど、総じて作品不足が否めないのである。

 それらの事柄を踏まえ、ここからは主要部門の現時点での情勢、授賞式で起こりうる可能性について簡潔に触れていくことにしよう。まずは演技4賞から。今年は重要な前哨戦である俳優組合賞のノミネートとの一致は17/20。主演男優賞は5枠完全一致で、それ以外の3賞が4枠ずつ一致している。

 主演男優賞はゴールデングローブ賞の<ドラマ部門><ミュージカル/コメディ部門>の受賞者同士の一騎打ちの様相が強い。前者は『オッペンハイマー』のキリアン・マーフィー、後者は『The Holdover(原題)』のポール・ジアマッティ。過去のゴールデングローブ賞両部門におけるアカデミー賞主演男優賞受賞者の数は、<ドラマ部門>が51で<ミュージカル/コメディ部門>が7とその差は一目瞭然。しかし前哨戦で両者は互角に争っており、ジアマッティは過去に同じアレクサンダー・ペインの『サイドウェイ』で前哨戦を圧勝しながらまさかのノミネート落ちという苦汁を味わっている。ようやく候補にありつけた今回、一気に頂点に立つ可能性が高そうだ。

 主演女優賞は前哨戦でまずまず目立たなかったものの俳優組合賞に候補入りを果たしたアネット・ベニングと、批評家から支持を集めながらも俳優組合賞で落選したザンドラ・ヒュラーがノミネートされ、前哨戦の勢いも俳優組合賞候補入りも、もちろん世論の注目もあったマーゴット・ロビーがまさかの落選。結果的に『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン』のリリー・グラッドストーンと、『哀れなるものたち』のエマ・ストーンの一騎打ちに持ち込まれる様相となっているが、ここは前者で堅いだろう。

『バービー』©2023 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved.

 この主演女優賞におけるマーゴットの落選が、助演部門にノミネートされた『バービー』チームの勢いを増すきっかけになるのかどうかもポイントのひとつ。助演男優賞では『オッペンハイマー』のロバート・ダウニー・Jr.がトップコンテンダー。ライアン・ゴズリングの猛追はないとは言い難いが、さすがに厳しい戦いとなるだろう。同じく助演女優賞に関しては、大逆転ノミネートを果たしたアメリカ・フェレーラは確かに『バービー』において“現実”にコミットした重要な人物であった。それでも『The Holdovers』のダヴァイン・ジョイ・ランドルフが前哨戦で繰り広げている無双状態を突破できるほどの力は不足している。

 となると、このマーゴット落選という今回のアカデミー賞におけるほぼ唯一にして最大のサプライズ(もちろんそこに、グレタ・ガーウィグの監督賞候補落ちも含む)の影響はどこに出てくるのか。可能性があるとしたら、やはり先述の通り“何かが起こりやすい”作品賞なのではないだろうか。8部門で9ノミネートを獲得している『バービー』。いまのところ最も受賞に近いところにいるのは美術賞と衣装デザイン賞、そして2候補にあがっている歌曲賞。この3部門に関しては、なにもなくても順当に票が流れると考えられる。

 ノミネート発表の直後から、それこそゴズリングやフェレーラからも落胆の声があがり、その余波は想像以上に大きなものとなりつつある。世論は受賞投票に大きな影響をもたらすファクターであり、“ピンチはチャンス”という言葉もあるように過去にはベン・アフレックが監督賞候補から落ちたことをきっかけに、『アルゴ』の作品賞への勢いが増した例もある。その『アルゴ』の頃から、かつて言われていた「作品賞には監督賞・脚本部門・編集賞へのノミネートが必要」とされる慣例も崩れつつある。

 振り返ってみれば、2023年の映画界は前述のようなストライキだけではない。サマーシーズンに『バービー』と『オッペンハイマー』の2作品が社会現象級の盛り上がりを見せ、結果的に『バービー』がアメリカ国内で興収6億3600万ドルの大ヒット。『オッペンハイマー』は興収3億2700万ドルと、一度も北米週末チャートで1位に輝かなかった作品としては最高の興収を記録することとなった。アカデミー賞はその時の世論を反映し、何よりもその年の映画界を象徴するもの。だとすれば、このアカデミー賞の舞台こそ“バーベンハイマー”のフィナーレ。両者の最終決戦の場となるに相応しいのではないだろうか。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「映画シーン分析」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる