『カラオケ行こ!』綾野剛から漂う“死の気配” 野木亜紀子の脚色で深まる原作への理解
中学生男子に大きな影響を与えるヤクザという立ち位置こそ同じだが、漫画の狂児がオールバックで目の下に隈がある風貌で、どっしりと構えているのに対して、綾野剛が演じる狂児は、髪の毛をおろしており、漫画のビジュアルよりも線が細く見える。またコミュニケーションの作法も微妙に違う。ヤクザが突飛なことを言って中学生を困らせるという恐怖とユーモアが同居したシチュエーションが続くことは同じだが、綾野剛が演じる狂児の方が聡実との距離感が伸縮自在で、様々な角度からのヒット&アウェイで落とそうとしているように見える。その意味で綾野剛が演じる狂児のほうが戦略的に見えるのだが、おそらく彼は無自覚に相手を翻弄しているところがあり、そこに「天性の人たらし」としての厄介さがある。
綾野剛が俳優として本格的に注目されたのは2011〜12年のNHK連続テレビ小説『カーネーション』でヒロインの糸子(尾野真千子)の不倫相手となる周防龍一を演じてからだが、2010年代初頭に綾野が演じていた役の多くは、周防のような死の気配が漂う幽霊のような男で、彼の醸し出す負の色気に女は魅了され「私がこの人を支えなければ」という気持ちに陥っていってしまう。その意味で女を翻弄する線の細い魔性のヒモ男という感じだったが、近年の綾野剛は刑事役やアウトローのヤクザのような暴力の世界がすぐ隣にある男臭い役をアクションを交えて演じる機会が多い。
冨樫義博の人気漫画を実写ドラマ化した『幽☆遊☆白書』(Netflix)の戸愚呂(弟)はその極北と言える敵役だったが、今の彼の佇まいは、80年代の松田優作のような「男が惚れる危険な男」へと変わりつつある。その意味で綾野剛が演じる役はこの10年で大きく変わったのだが、どんなに男らしいマッチョで明るい男を演じても、幻のようにどこか儚げで、死の気配が演技の節々から漂っていくるという点は、今も昔も変わらない。
狂児もまた、さりげない会話の節々に自分がいつ死んでもおかしくないことを匂わせ、それが聡実を苛立たせるのだが、その「死の気配」が色気となって、少年すらも惑わしてしまうのが、綾野剛の罪深さである。
■公開情報
『カラオケ行こ!』
公開中
出演:綾野剛、齋藤潤、芳根京子、橋本じゅん、やべきょうすけ、吉永秀平、チャンス大城、RED RICE(湘南乃風)、八木美樹、後聖人、岡部ひろき、米村亮太朗、坂井真紀、宮崎吐夢、ヒコロヒー、加藤雅也(友情出演)、北村一輝
原作:和山やま(ビームコミックス/KADOKAWA刊)
監督:山下敦弘
脚本:野木亜紀子
主題歌:Little Glee Monster「紅」(Sony Music Labels Inc.)
配給:KADOKAWA
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