『幽☆遊☆白書』戸愚呂兄弟はなぜ完全再現できた? “実写化”を支えた映像技術

『幽☆遊☆白書』実写化を支えた映像技術

 Netflix独占配信の実写シリーズ『幽☆遊☆白書』が大ヒットしている。Netflixの非英語部門TVランキングで2週連続1位を獲得、英語作品を含めた総合でも2位をキープした(2023年12月18日~2023年12月24日まで)。日本のシリーズ作品としては過去最高の成績で、Rotten Tomatoesでもオーディエンススコア83%となかなかの数字を記録している。

 本作はおそらく日本のドラマシリーズとして過去最高の予算が投入されているだろう。最新技術もふんだんに利用されており、映像の迫真性は日本ドラマの壁を抜けたものとなっている。

 日本の実写作品が大きな成功を収めたのは喜ばしいことだ。しかし、『幽☆遊☆白書』は“実写化”が成功したのだろうか。高レベルなVFXを大量に駆使して構成された本作の映像は、かなりの部分がデジタルによるアニメーションとも言える。むしろ、この作品はアニメーションと撮影されたパートをハイレベルに繋げたことが成功の要因だったのでないか。「実写化」という呼称は作品の本質からややズレているのではないかと筆者は思う。

 この原稿では、ストレートに「実写化」という視点ではなく、本作を実写とアニメーションを股にかけた「ハイブリッド映像」として捉え直し、その魅力の本質に迫りたい。そこには、実写とアニメーションの二分法で見落とされていた映像表現の可能性があるはずだ。

実を写していない実写映画の氾濫

 拙著『映像表現革命時代の映画論』の序文で、「実写とは『実を写す』」(P3)と書いた。その言葉が示す通り、実写映画とは実際の人物や風景を写しているからそう呼ばれるようになったのだと思われる。しかし、今日、実写映画と呼ばれている大作の中には、実際には撮影していない事物が大量に画面に入り込んでいる。そうした作品群は、本当に「実を写しているのか」と疑問を抱いたことのある人は多いはずだ。

 Netflixの『幽☆遊☆白書』もそうした作品の一つだ。北村匠海をはじめとする役者が身体を張った芝居を披露し、北九州など実在の場所でロケ撮影が実施された。一方で、戸愚呂兄弟はデジタル技術がふんだんに投入された肉体を披露する。戸愚呂兄を演じた滝藤賢一の身長は公称177cmだが、画面の中では身長120cm程度の姿を披露する。綾野剛演じる戸愚呂弟は自在に全身の筋肉を変化させる能力を持ち、こちらもカメラで撮影できる代物ではない。

 
 そんな生身の身体とデジタルアニメーションの身体が、ともに画面の中で激しくぶつかり合うのが本作の映像的特徴だ。舞台空間も、前述した北九州の商店街から廃車置き場など実在のロケ場所から、霊界に代表される異空間をシームレスに同一世界に存在させている。

 本作の映像の見事さは、実写パートもデジタルアニメーションパートも、どちらも足を引っ張るようなことなく、違和感なく共存が実現できている点にある。両者が高いレベルで、その境界線を意識させることなく良い意味で実写とアニメーションが融解し、ひとつの「映像」として提示されている点が、本作の大きな達成である。

戸愚呂兄弟のハイブリッドなボディ

 そんな本作のハイレベルなVFXはいかにして実現できたのか。現代映画で最も予算がかかるのは、3DCGによるVFXパートである。この予算の壁を突破できなかったから、日本の映像作品は実写とアニメーションの幸福な融解をなかなか実現できないでいた。

 単純に額が大きいというのも重要な要素ではあるが、クオリティのための予算の組み方からしてNetflixは日本映画とは異なる。本作の企画・プロデュースを担ったTHE SEVENのCCOの森井輝は、以前筆者のインタビューで日本映画とNetflixの予算の組み方について、このように語っていた。日本では、制作費の10%が制作会社の取り分になるのが基本だそうだが、Netflixでは会社の取り分と実際の制作費を別に計上するという。

「例えば、CGを多用する作品で見せ場をたくさん用意した派手なアクションシーンを書くとします。それで本が完成する頃にスタッフが決まり、CG会社も決まってくる。それからCG会社に脚本を見せて見積もりがくると、予算オーバーなのでシーンを削ることになる。でも、監督以下のスタッフにも情熱があるので、削らずに何とかやりたいと思うわけです。そういう場合、会社の取り分を切り崩すことになるわけですね。こだわって制作すると儲からないという、おかしな図式になっているんです」

「海外の作品の場合、事前にこういう作品にしたいと決めて、クランクインの約1カ月前には予算が固まります。日々の撮影で調整しないといけないことはありますが、致し方ない事情が発生していたら聞いてくれますし、このシーンは追加予算が必要じゃないかと逆に向こうから言ってくることもあり、労働環境にも気を使ってくれました。結果、そういう現場では作品の質は向上していきます。日本の場合、決められた予算の枠でなんとかしていくという契約になっているので、これだと何かあったら制作会社は潰れるしかないんです」(※1)

 THE SEVENは、VFXプロデューサーの赤羽智史を自社メンバーとしており、「企画段階から専門家の目線で助言をもらえれば、脚本作りにも反映させられるし、実際の金額に近い予算案を提示できる」(森井輝)という。

 さて、本作の非実写パートは細かい部分も含めれば多々あるが、やはり一番目を引くのは戸愚呂兄弟のボディだろう。この2人の表現には「ボリュメトリックキャプチャ」という技術が用いられていおり、報道によると、戸愚呂兄弟を演じた綾野剛と滝藤賢一は、LAのスタジオにて顔だけの芝居をカメラに囲まれて行ったという。(※2)

 ボリュメトリックキャプチャは従来のモーションキャプチャと何が違うのか。例えば、『アバター:ウェイ・オブ・ウォーター』は、俳優の全身にキャプチャデータを採取するためのマーカーを取りつけ、全身の動きをデータ化し、そのデータを架空の存在・ナヴィのデジタルボディに反映させる。そこからCGアニメーターがフレームごとに表情などを調整して作られている。

 ボリュメトリックキャプチャは、スタジオを360度カメラで取り囲み空間丸ごとCGデータ化する技術だ。実際のカメラで撮影された画像データがあるので、高解像なテクスチャーで現実の人や空間をそのままCGで再現させることに向いた技術と言える。

 簡単に整理すると、モーションキャプチャは人体の動きのデータのみを採取し、ボリュメトリックキャプチャは動きとテクスチャを同時に取るという違いだ。

 綾野と滝藤は、この技術で顔の芝居だけを集中して行ったといわれている。顔の表情は複雑かつ多彩なので、通常のCG作業でテクスチャーを再現するのは大変な作業。『アバター』は、架空のナヴィというボディがテクスチャーなので、データのみを採取する必要があるが、『幽☆遊☆白書』は生身の役者の表情を再現することが重要なので、この技術が採用されたのだろう。

 少し話が逸れるが、ボリュメトリックキャプチャは、映画のVFXのみならず、スポーツ中継での活用も期待されている。日本テレビがラグビーワールドカップや東京ドームでのプロ野球中継に一部採用しており、スポーツ中継を劇的に変える技術として注目されている。なんと、わずか数秒の遅延で、リプレイを360度自由な移動視点で再現できてしまうのだ。(※3)

 この技術は、撮影されているという点で実写的だが、その撮影素材をデジタル加工できるという点でアニメーション的でもある。そんなハイブリッド映像だから、戸愚呂兄弟は説得力ある存在として実現可能となったのだ。

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