『フローラとマックス』は“名作”と呼べる愛すべき一作に 音楽に対する普遍的かつ深い理解

『フローラとマックス』が証明した音楽の力

 ひと組の親子の結びつきが音楽によって修復されていく姿を描いたアイルランド映画『フローラとマックス』の配信がApple TV+で開始された。『ONCE ダブリンの街角で』(2007年)、『シング・ストリート 未来へのうた』(2016年)などで知られる、ジョン・カーニー監督による新作だ。

 名作と呼んでもいい、充実した愛すべき小さな一作である。またしてもカーニー監督がダブリンを舞台に音楽を題材にした内容を手がけるという時点で、ファンにとっては垂涎の内容。この注目作は、サンダンス映画祭で上映後、すぐにApple Original Filmsが配給権を獲得したという。(※1)

 ここでは、そんな本作『フローラとマックス』が、作品を通して真に描いたものが何だったのかを考察してみたい。

 主演のイヴ・ヒューソンは豊富なキャリアを持つ俳優であると同時に、U2の“ボノ”こと、ポール・ヒューソンの娘でもある。それだけに、本作で披露される演奏・歌唱シーンにはプレッシャーを感じたのだというが、父親からのアドバイスを断って自分自身のアプローチでパフォーマンスに臨んだとインタビューで語っている。

 本作が面白いところは、そんなイヴ・ヒューソン演じるフローラのユニークなキャラクターだ。17歳で息子マックス(オーレン・キンラン)を産み、まだまだ若いシングルマザーとして日々を送っている彼女は、クラブで踊りまくってストレスを解消するなど活動的な性格で、意中の相手にはセクシーな魅力を利用して迫るほど恋愛にも積極的。

 ベビーシッターの仕事で預かった子のトイレの世話をしながら、そのすぐ横で胸をチラ見せした写真画像をメッセージで送信するといった場面が象徴するように、余裕のない生活のなかでも刺激や楽しみを求める姿を見せていく。本作はこのフローラをいきいきと描くことで、一人の女性の欲望や主体的な生き方を自然に肯定している。

 そんなフローラの目下の問題は、最近になって反抗的になってきた息子マックスとの関係だ。非行に走ろうとする彼を止めたいと思っているが、うまくコミュニケーションが取れなくなってきているのである。この親子の断絶を埋めることになるのが、音楽だった。フローラはたまたまゴミとして捨てられていたギターと、インターネットで発見したギター講師ジェフ(ジョセフ・ゴードン=レヴィット)との出会いをきっかけに、打ち込みの音楽制作を趣味としている息子との距離を縮めていく。新しい世界との出会いが、二人の関係を変化させ、相乗的に周囲の人々も変化させていくのである。

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