ジョン・カーニー監督はいかにして“音楽映画の名匠”となったか? そのキャリアを考察

宇野維正がジョン・カーニー監督作品を考察

 「音楽家が映画監督業に乗り出す」というのは古今東西わりと珍しくない話ではあるが、時代や世代の変化もあるのだろう、近年、「プロの音楽家を本気で目指していたが、その夢が破れて、映画監督に転身」といったキャリアを持つ映画監督が現れてきた。「夢が破れて」などというと、まるで音楽の世界で大成しなかった時の保険をかけて映画監督になったみたいで、「映画の世界はそんな甘いもんじゃないよ」みたいな小言の一つでも言いたくなるかもしれないが、そこで例えば、『セッション』や『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル、あるいは本稿の主役である『はじまりのうた』や『シング・ストリート 未来へのうた』のジョン・カーニーの名前を挙げれば、誰もがグゥの音も出なくなるに違いない。(メイン写真は『シング・ストリート 未来へのうた』© 2015 Cosmo Films Limited. All Rights Reserved)

『はじまりのうた』© 2013 KILLIFISH PRODUCTIONS, INC. ALL RIGHTS RESERVED.

 もっとも、ジョン・カーニーに対して「夢が破れて」などと言うと、少々失礼かもしれない。彼がバンド結成時の1990年から1993年にかけてベーシストとして在籍していた、アイルランド・ダブリンを拠点に活動するロック・バンド、ザ・フレイムスは現在も活動中。2007年にはボブ・ディランのオーストラリア&ニュージーランド・ツアーのオープニング・アクトを務めたといえば、世界の音楽シーンにおいてもその評価を確立していることがわかるだろう。ジョン・カーニー作品のファンならば、彼の映画監督としての出世作となった『ONCE ダブリンの街角で』でストリート・ミュージシャン役として主演していたグレン・ハンサードがボーカルだと知れば「あぁ!」と膝を打つはず。バンド在籍時からベーシストのかたわらバンドのミュージック・ビデオを撮っていた(つまり、時代背景と音楽性は違えど、『シング・ストリート』の主人公そのままのことをやってきたわけだ)ジョン・カーニーは、バンドのキャリアが軌道に乗り始めた1993年にバンドマンとしてのキャリアに区切りをつけて、テレビの仕事などもしながら映画監督への道を目指すようになった。

『ONCE ダブリンの街角で』© 2007 Samson Films Ltd. and Summit Entertainment N.V.

 そのあたり、自身の音楽家としての挫折が、そのまま音楽への愛憎、屈折した想いとして監督作品に反映している(そこがおもしろいところなんだけど)デイミアン・チャゼルと、音楽への信頼や愛を監督作品で屈託なく描いてみせるジョン・カーニーの大きな違いとなって表れているようでもありとても興味深い。ちなみに、敬愛する菊地成孔さんをはじめとして、音楽家の間でデイミアン・チャゼル作品は毎回わりと賛否渦巻いているが、ジョン・カーニー作品の話になって、作品に否定的なことを言う音楽家にはこれまで会ったことがない。

 今回、スターチャンネルで放送されるジョン・カーニー監督特集。中心となるのは、そんな映画ファンも音楽ファンも 魅了して止まない『ONCE ダブリンの街角で』、『はじまりのうた』、『シング・ストリート 未来へのうた』の、いわゆる「音楽映画3部作」だが、注目すべきはこれが日本初公開となる2001年の作品『オン・エッジ 19歳のカルテ』だ。

『オン・エッジ 19歳のカルテ』© 2001 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

 ジョン・カーニーと同じアイルランド出身、当時まだほとんど無名だった24歳のキリアン・マーフィーが主演しているこの作品は、ジョン・カーニーが『ONCE ダブリンの街角で』で「音楽映画の作り手」としての作家性とポピュラリティをまだ確立する前に撮った、長編3本目、メジャーの配給で公開された作品としては初めての作品。実はキリアン・マーフィーもバンドマンとしてレコード会社と契約する直前までいった元音楽家(言うまでもなく、監督よりもはるかに役者には多い)なのだが、この作品では自殺願望を抱く10代の少年を初々しく演じている。ジョン・カーニーの演出も、『ONCE ダブリンの街角で』や『はじまりのうた』で印象的だったドキュメンタリー的なタッチはまだ顔を見せず、ケン・ローチ作品などにも通じる、いかにも英国社会派監督的な手堅さが逆に新鮮。

 『オン・エッジ 19歳のカルテ』は音楽を主題として扱った作品ではないが、冒頭からいきなりスマッシング・パンプキンズ「1979」が鳴り響き、さらにザ・ジャム、ピクシーズなどの曲も印象的に使われるなど、やはりどこからどうみても「ロック好き」が作った映画である。ジョン・カーニーが在籍していたザ・フレイムス、そしてアイルランドのオルタナティブ・バンドのセラピー?の曲がフィーチャーされているのにも注目。現在は少々優等生的な音楽的なセンスの良さでも知られているジョン・カーニーだが、当時の彼はまだどっぷり「グランジ以降」のアイルランドのオルタナティブ・ロック・シーンの住人であったことが伝わってくる。90年代リバイバルや、鬱的なラップ・ミュージックがシーンを騒がせている現在、むしろ『オン・エッジ 19歳のカルテ』は、「音楽の性善説」的な価値観をもとに描かれているそれ以降のジョン・カーニーの音楽映画以上に、切実なものとして観る者の心をとらえるのではないか?

『オン・エッジ 19歳のカルテ』© 2001 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

 現在のところまだ、昨年の『シング・ストリート』に続く新作の噂は聞こえてこないジョン・カーニー。ダブリンからハリウッドへーーここまで映画監督として目をみはるようなサクセス・ストーリーを歩んできたジョン・カーニーだが、最近のインタビューでは、過去の作品に対して意外なほど否定的な発言もしている。もしかしたら、次の作品からがらっと違う作風(どうやらハリウッドでのこれ以上のキャリアは望んでいないようだ)になるかもしれないだけに、一つの時代を振り返るにはちょうどいいタイミングだと言えるだろう。

■宇野維正
映画・音楽ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「文春オンライン」「Yahoo!」ほかで批評/コラム/対談を連載中。著書『1998年の宇多田ヒカル』(新潮社)、『くるりのこと』(新潮社)、『小沢健二の帰還』(岩波書店)。Twitter

■番組情報
BS10 スターチャンネル「⾳楽映画の名匠ジョン・カーニー監督特集」
【STAR2 セレクト字幕版】12/9(⼟)午後1:30〜⼀挙放送
12/12(⽕)〜12/15(⾦)よる11:00頃〜
12/18(⽉)〜12/21(⽊)午後2:00〜連⽇放送(全4作品)
詳細はコチラ:http://www.star-ch.jp/feature/detail.php?special_id=20171209

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