『らんまん』万太郎を襲った関東大震災 朝ドラにおける“絶望”を振り返る
『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)の初代ヒロイン・安子(上白石萌音)が戦争で失ったのは大事な家族だ。夫の稔(松村北斗)は戦地で亡き人となり、母と祖母は空襲の最中に防空壕で手榴弾に焼かれて命を落とした。さらには稔との出会いの場でもあった実家の和菓子屋も空襲で焼かれてしまう。安子の父・金太(甲本雅裕)が焦土と化した街で泣き叫ぶ姿が忘れられない。
『カムカムエヴリバディ』新たな戦争描写の境地を開く 多くの人に観られる朝ドラの使命
「どこの国とも自由に行き来できる。どこの国の音楽でも自由に聴ける。僕らの子供にゃあ、そんな世界を生きてほしい。ひなたの道を歩いて…
千代が魅せられた喜劇、安子を育てた和菓子は、万太郎にとっての草花である。万太郎が「みんなに花を愛でる思いがあれば、人の世に争いは起こらんき」と言っていたように、いわば平和の象徴。喜劇を観て笑ったり、みんなで和菓子を食べたり、花を愛でたり。世界が平和であれば、誰かに否定されることもなければ、後ろめたさを感じることもない。だが、戦争などの緊急時には途端に“不要不急”のものとされ、人々の手から奪われる。それらを大事にしている人からすれば、自分自身を否定されたようなものだ。
だけど、千代たちが焼け野原で披露した芝居が戦争で夫と義理の両親を亡くした親友・みつえ(東野絢香)の笑顔を取り戻したように、金太が闇市で売り始めたおはぎが安子や、おはぎをくすねようとした少年の生きる糧となったように、一見すると無駄に思えるものこそが人間の糧になっていることを教えてくれた。『おちょやん』と『カムカムエヴリバディ』が放送されていたのはコロナ禍の真っ只中で、色々なことが不要不急とされていた時期。だからこそ、物語から伝わる“こんな時だからこそ”というメッセージがより胸に響いた。
一方で、主人公の裕一(窪田正孝)を間接的な戦争の加害者として描いたのが『エール』(NHK総合)だ。第二次世界大戦下に「露営の歌」「暁に祈る」などの戦時歌謡をヒットさせ、作曲家として名を挙げた裕一。戦地慰問を命じられ、ビルマに旅立った彼はそこで多くの若者や恩師である藤堂(森山直太朗)の死を目の当たりにする。その凄惨な戦争描写に思わず目を背けたくなってしまった人も多いのではないだろうか。裕一もまたそこで初めて、自分の愛する音楽で人々を戦争へと扇動し、図らずも多くの人を死に至らしめてしまったことを自覚することとなった。
『エール』森山直太朗の藤堂先生は完璧なキャスティングだった 切なく響いた戦場の歌声
うわあ、これ。間違いなく辛い展開が……。 NHK連続テレビ小説『エール』第75話を観た人は、誰もがそう思っただろう。教師を辞…
自分の行動が何を奪おうとしているのか。そのことに裕一よりも自覚的だった万太郎は、神社合祀による森林伐採に反対の意を唱えた。森林伐採で失われようとしていたツチトリモチを収めた万太郎の『日本植物志図譜』がどれほど影響を与えたのかはわからないが、合祀令の反対運動は世論を動かし、神社の一部は保全されることとなる。自然を守った万太郎がまさか自然に牙を剥かれるとは。それこそ皮肉であるが、地震による混乱の中で多くの人が叫ぶ「神社に逃げろ!」という声が万太郎の生き様を肯定しているように思えた。
「楽しむこと、もう怖がらなくていいのよ。たとえ悪いことが起こっても、その先できっとまた笑えるんだから」とは、十徳長屋の元住人・ゆう(山谷花純)の言葉だ。楽しければ楽しいだけ、いいことが起これば起こるだけ、悪い未来を想像して人は怖くなる。実際に楽しいことやいいことが一瞬にして奪われることも。けれど、希望を失わず生きていれば、また笑える。本作はきっと、そう思えるようなラストを私たちに提示してくれることだろう。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『らんまん』【全130回(全26週)】
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:神木隆之介、浜辺美波、志尊淳、佐久間由衣ほか
作:長田育恵
語り:宮﨑あおい
音楽:阿部海太郎
主題歌:あいみょん
制作統括:松川博敬
プロデューサー:板垣麻衣子、浅沼利信、藤原敬久
演出:渡邊良雄、津田温子、深川貴志ほか
写真提供=NHK