『コーダ あいのうた』が可視化した手話の奥深さ 普遍的な親と子どもの成長

『コーダ』が可視化した手話の奥深さ

 2022年の第94回アカデミー賞。インディペンデント映画として製作された『コーダ あいのうた』(2021年/以下、『コーダ』)が、配信作品として初の作品賞を獲得、脚色賞、助演男優賞の3部門を制した。作品賞では、直前まで本命と言われていたジェーン・カンピオン監督の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』をはじめ、スティーヴン・スピルバーグの『ウエスト・サイド・ストーリー』、ウィル・スミス主演の『ドリームプラン』、ドゥニ・ヴィルヌーヴが傑作SF小説を再映画化した『DUNE/砂の惑星』、ケネス・ブラナー監督の自伝的作品『ベルファスト』などの大作や話題作を破り、栄冠に輝いたのだ。

 この結果は、快挙ではあったが驚きではなかった。『コーダ』はそれほどまでに多くの話題と称賛を集め、アカデミー賞の行方にも注目が集まっていたからだ。本稿では、そんな本作の魅力を紐解いていこう。

手話という言語の奥深さ

 近年ハリウッドでは、「キャラクターと同じ属性やバックグラウンドを持つ俳優が、その役を演じるべき」というリプレゼンテーションが浸透しはじめている。これは、たとえばゲイの役はゲイの俳優が演じるというように、当事者性を強く意識したものだ。それによってキャラクターにリアリティが生まれ、ステレオタイプでない描写が可能になるためだ。同時に、マイノリティの俳優たちの雇用の機会を増やすことにもつながる。ろう者のキャラクターについて言えば、ここ数年『コーダ』以外にも、『クワイエット・プレイス』(2018年)や『エターナルズ』(2021年)などでも、ろう者の俳優が起用されてきた。

 「コーダ(CODA / Children of Deaf Adults)」とは、ろう者の両親を持つ聴者の子どものことだが、本作はコーダであるルビー(エミリア・ジョーンズ)が、歌う喜びに目覚め、成長していく物語だ。フランス映画『エール!』(2014年)をアメリカを舞台にリメイクするにあたって、シアン・ヘダー監督がこだわったのは、ろう者であるルビーの家族役にろう者の俳優を起用することだった。ルビーの母ジャッキーを演じたのは、『愛は静けさの中に』(1986年)で、ろう者として初めてアカデミー賞主演女優賞を獲得したマーリー・マトリン。父フランク役のトロイ・コッツァーと兄レオ役のダニエル・デュラントも、聴覚障害のある俳優だ。

 アメリカ手話が第一言語である彼らの演技は、手話という言語の奥深さを感じさせる。手話は手の動きだけではなく、表情の変化や目線の動き、手を動かす速さといったものまで全て含めて、はじめて正確に意味が伝わる言語だ。これまで聴者がろう者を演じる作品は多かったが、これらの細かな要素を全て含んだリアルな手話を、聴者の俳優が短期間で習得するのは並大抵のことではない。アメリカ手話のネイティブたちの演技は、そんな情感豊かな本物の手話を見せてくれる。たとえばルビーの両親と彼女のデュエット相手マイルズ(フェルディア・ウォルシュ=ピーロ)が顔を合わせるシーンでは、ルビーの父フランクが情景が浮かびやすいCL(Classifier/クラシファイアー)をふんだんに取り入れながら話し、彼のユーモアに溢れた、あけすけな性格を笑いとともに見事に表現した。一方で、娘が情熱を傾ける世界を知ろうとするシーンは、涙なしには観られない。彼は少ない台詞・手話でその切実な想いを伝えてくる。これはフランクを演じたトロイ・コッツァーの俳優としての技術はもちろんだが、普段から動きで感情を伝える手話話者としての影響も少なからずあるように思える。

 コッツァーは本作でろう者の俳優として初めてアカデミー賞助演男優賞を受賞した。しかしその快挙に驚きの声は少なく、むしろ当然だという空気が漂っていた。授賞式で彼の名前が発表されたときには、会場の拍手の音は小さく、多くの来場者が両手をひらひらと動かしていた。彼らのほとんどは聴者だと思われるが、アメリカ手話で拍手を意味するこの動作が、かなり浸透していたのだ。これは、本作がそれまでの賞レースで善戦を重ね、人々が手話の「拍手」を目にする機会が多かったためではないだろうか。

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