『メディア王』は視聴者に現実を突きつける 身の毛もよだつエピソード『アメリカの決断』
ついにアメリカ大統領選挙の当日がやってきた。開票結果の確定情報よりも、大統領候補者の勝利宣言、または敗北宣言が既成事実となるこの国において、ATNによる選挙特番は時の最高権力者を生み出す社運を賭けた一大イベント。情勢は刻一刻と変化し、予断を許さない。しかし『アメリカの決断』(原題:America Decides、ATNの選挙特番の名前でもある)と題された『メディア王~華麗なる一族~(原題:サクセッション)』(以下、『サクセッション』)シーズン4第8話に投票者の姿はなく、当の大統領候補もわずか1シーンしか登場しない。『サクセッション』の大きな特徴の1つは、国家を動かすほどの権力を持ったロイ家にとってあらゆる事象が些事に過ぎず、全ては彼らの言葉によって左右されることだ。口汚い罵り合いと突拍子もない笑いに腹を抱えていれば(wasabi!)、気付いた頃には社会が大きく歪められている、身の毛もよだつエピソードである。
65分の放送時間中、画面に映るのはたった2分程度ながらほぼ全てのシーンで言及される共和党の大統領候補メンケン(ジャスティン・カーク)について振り返っておく必要がある。初登場はシーズン3の第6話『孤独な戦い』。共和党の大統領候補を決めるべく政治家、出資者の集ったパーティーで、ダークホースと呼ばれるこの男はローマン(キーラン・カルキン)に接近する。衆目の前でローガン・ロイ(ブライアン・コックス)をこき下ろす舌鋒の鋭さにローマンはめっぽう惚れ込んだ。メンケンは言う。「オレには境界線がないんだ。何でも引用する。アウグスティヌス、トマス・アクィナス、シューマッハ、フランコ、H……いいことを言っていれば何でも拝借する」。排外主義の白人至上主義者。他者が何を欲しているのか瞬時に見極める力を持ったソシオパスとも言えるだろう。ローマンが父親譲りの大衆蔑視のポピュリズムを抱いていることを見抜いたのではないか。
ローガンは次期大統領候補者にコーラ1本を使い走らせてその忠誠心を測ると、ついにメンケンはロイ家の後ろ盾を得る。リベラル政治家の元でアドバイザーをやっていたシヴ(サラ・スヌーク)は激しく反発。『孤独な戦い』の対立構造はそのまま『アメリカの決断』へと反復される。政治的イデオロギーを異とするローマンとシヴが激しくぶつかり合う一方、シーズン3当時ウェイスターを訴える“お家騒動”で単独行動を取っていたケンダル(ジェレミー・ストロング)はメンケン擁立に全く関与しておらず、今回も弟妹たちを前に「わからない」と口ごもる。シーズン3と決定的に異なるのは、シヴをはじめあらゆる人物が政治的動機よりも私欲に駆られていることだ。メンケンが勝利すれば外資所有の規制強化がかかり、ゴージョーによるウェイスター買収は阻止される。ウェイスター失き後のポストを狙うシヴはルーカス・マットソン(アレクサンダー・スカルスガルド)と内通し続けるが、民主党の旗色が悪くなるにつれてマットソンからはいつもの呆けた声色が消え失せた。シーズン4第7話『選挙前パーティー』で名台詞を吐いたコナー(アラン・ラック)は見返り欲しさにあっさりと意見を覆し、メンケン勝利を印象付ける敗北宣言を行う(哀れなウィラ(ジャスティン・ルーペ)も同調する)。コナーは言う。「政治とは嫉妬に満ちた醜いゲームです。アメリカはしくじった。誰か他のマヌケを探してたかるしかない。腐った二大政党制のゾンビが進んでいく」。
ATNには全米各地の投票所で起こっている騒動の情報が次々と舞い込んでくる。ウィスコンシン州では集計センターで火災が発生、10万もの票が焼失した。事故か、はたまた両陣営どちらかの支持者による犯行か。情報が錯綜すればするほどATNにとっては話を膨らませるのに好都合である。この光景は私たちが目の当たりにした2017年、2021年の再現なのか? それとも来る2024年の予見なのか? メンケンから発破をかけられたローマンは訴訟リスクなど微塵も考えずウィスコンシンでの当確報道に躍起になり、膠着する開票状況にキャスターは声を荒げてリベラル批判を繰り広げる。2023年に入って、ATNのモデルであるFOXニュースには米大統領選を巡り様々な動きがあった。4月、投票機メーカーのドミニオン・ヴォーティング・システムズから名誉毀損で訴えられていた裁判で、FOXニュースは7億8750万ドルもの和解金を支払うことを発表。また陰謀論や過激な言説で人気を集め、共和党に強い影響力を持っていたとされる看板司会者タッカー・カールソンとの関係を突如、解消した。