『メディア王』が映し出す、斜陽を迎えた現代アメリカの姿 2023年の重要な局面を目撃せよ

『メディア王』が映し出す、現代アメリカの姿

 “Ozymandias”。去る4月10日、Twitterのトレンドワード(US)を見てギョッとした人も多いだろう。“Ozymandias=オジマンディアス”とは『ブレイキング・バッド』シーズン5第14話のエピソードタイトル。『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』や『ナイブズ・アウト』シリーズで知られるライアン・ジョンソン監督が手掛けたこのエピソードは、物語が悲劇的な終局へと雪崩れ込むシリーズ屈指の傑作回。映画・TVドラマのデータベースサイトimdbではユーザーレビュー10点満点を記録しているただ1つの作品、いわばTVドラマ史上の“神回”だ。『Succession(原題)』シーズン4第3話「コナーの結婚式」がオンエアされるや、ネット上には“Ozymandias”の名前と並べた称賛が相次ぎ、ついにはimdb史上2本目の10.0をマークしたのである。

 おっと、いったい何の話をしているのか整理しておこう。やっかいなことに、HBOによるTVシリーズ『Succession(原題)』には邦題が3つもある。日本初登場となったスターチャンネルでは『キング・オブ・メディア』のタイトルで放送され、後にPrime Videoが原題カタカナ表記の『サクセッション』で配信。一方ワーナーからは『メディア王〜華麗なる一族〜』の表記でDVDがリリースされ、現在日本の独占配信権を持つU-NEXTでこのタイトルに統一された。「そういえばあのドラマの続きはどうなったんだ」と見落としている人はここで本稿を読むのを止めて、すぐにでも続きを観てもらいたい。本稿では以後、原題に倣った『サクセッション』の表記で進めていく。邦題の文字数が多いからではない。当然のことながら、“Succession=継承”と題されたタイトルにこそ重要なテーマがあるからだ。

※以下、ネタバレあり

 巨大メディアコングロマリット“ウェイスター・ロイコ”社を一代で築き上げたローガン・ロイ(ブライアン・コックス)と、後継候補である3人の子供たちケンダル(ジェレミー・ストロング)、ローマン(キーラン・カルキン)シヴ(サラ・スヌーク)の確執を描く本作は、2018年にHBOでスタートした。『パラサイト 半地下の家族』『万引き家族』など、格差社会を底辺側から描く作品が同時発生する中、現代の王侯貴族とも言うべきロイ家の贅の限りを尽くした俗悪な振る舞いに私たちは黒い笑いをもらし、本作以後、格差構造の上部を揶揄する類似作品が相次いでいく。高級リゾート地を舞台に裕福な白人と搾取される労働者を描いたHBOのTVシリーズ『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』や、第75回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞し、第95回アカデミー賞作品賞にもノミネートされたリューベン・オストルンド監督作『逆転のトライアングル』などが系譜に連なる。

 シーズン3終盤、ローガンによるウェイスター・ロイコ売却を阻止すべく、ケンダル、ローマン、シヴは奔走するも、トム(マシュー・マクファディン)の裏切りによって失敗。シーズン4冒頭、彼らはローマンの主導で新たなニュースメディアの立ち上げを準備している。父親への意趣返しが先立つケンダルとシヴは、ローガンが左派メディアPGMの買収を企てていると知り、自ら獲得しようと気を取られてしまう。熟練の勝負勘から根気強い値切りを続けるローガンに対し、高値を提示し続ける子供たちは感情的で未熟。彼らはウェイスター・ロイコの命運がかかった売却も、もっと金を引き出せるとゴージョーのCEOマットソン(アレクサンダー・スカルスガルド)相手に駆け引きを演じようとする。無謀な賭けを「ビジネスの勘だ」と言い切る子供たちにローガンはただただ絶望する。シーズン4でローガンは何度も「もう何もわからない」とこぼす。「すべて昔とは違う。この先何か残るものはあると思うか? ないと思うよ。そういうものなんだ」。

 巨大メディア帝国の継承問題はいよいよ佳境を迎えるも、ここには継承されるべきモノも継承すべき者も存在しないように見える。裸一貫でスコットランドからアメリカへと渡り、巨万の富を築き上げたローガン・ロイはアメリカンドリームの偉大な体現者だが、彼ら先人によって築かれたアメリカが果たして本当に偉大だったことなどあるだろうか? あらゆる物を破壊し、血を流し、その上に成り立ってきたのもまたアメリカである。差別主義者でパワハラの権化であるローガンは旧来的な父権社会の象徴であり、彼の率いる右翼メディアATNが“少しの真実にスパイスや面白味”を加え、世論を誘導し、時の政権すら操ってきた。劇中の大統領選挙がトランプ誕生の2016年をモチーフとしているなら、FOXニュース率いるルパート・マードックをモデルとするローガンが破壊したものは一目瞭然だろう。右も左も振り切れてしまったアメリカで、ATNとPGMという両極をロイ家という1つの王国に集約するのは到底、無理がある。振り返ればウェイスター・ロイコ崩壊の危機から物語を始めた『サクセッション』とは、斜陽を迎えた現代アメリカの姿でもあるのだ。

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