『メディア王』登場人物全員に劇的な変化 繰り広げられる最高峰の演技アンサンブル

『メディア王』最高峰の演技アンサンブル

 最終シーズンとなるシーズン4の第3話で急展開を迎えた『メディア王~華麗なる一族~(原題:サクセッション)』(以下、サクセッション)は、まるで強力な磁場の消失によって生まれたブラックホールに吸い込まれるかの如く、登場人物全員に劇的な変化が発生し、毎話俳優陣の名演の数々に唸らされるばかりだ。常々言い続けているが、劇場用長編映画を観ているだけでは俳優のベストアクトの更新を目撃することも、新たな才能の発掘もできない時代。最新シーズンがリリースされる度にエミー賞の演技部門を独占する『サクセッション』は、今やハリウッド中の俳優が羨望する最高峰の演技アンサンブルだろう。

※以下、ネタバレあり

 第5話「解任リスト」(=原題:Kill List)でウェイスター・ロイコの重役陣はマットソン(アレクサンダー・スカルスガルド)に呼び出され、ゴージョーの戦略検討合宿が行われているノルウェーに渡る。表向きは買収合併に向けた“文化的相性チェック”だが、実態は経営統合後に誰を残すのかを決める、マットソンにとっての品定めだ。『サクセッション』はシーズン3のトスカーナ編といい、アメリカを離れると空撮、プロダクションデザイン、様式の非凡さが際立つ。ノルウェーに辿り着いたケンダル(ジェレミー・ストロング)とローマン(キーラン・カルキン)が通される宿泊施設は、アレックス・ガーランド監督の『エクス・マキナ』でも使われたJuvet Landscape Hotel。映画ではオスカー・アイザック扮するIT企業社長の自宅兼研究所として描かれ、あらゆる部屋が監視されていた。

 ローマンは部屋の窓からケンダルに向かって「見ているぞ」とおどける。マットソンの個性を考えれば何とも不気味なロケーションだ。今シーズン、強烈な存在感を放つのが北欧の企業家ルーカス・マットソンに扮したアレクサンダー・スカルスガルド。スウェーデンが世界に誇る名優ステラン・スカルスガルドを父に持つ俳優一家の長男。TVシリーズ『ビッグ・リトル・ライズ』でニコール・キッドマンに暴力を振るう冷酷な夫を演じてエミー賞を獲得。以後、父に劣らぬ怪優ぶりに磨きをかけてきた。マットソンは終始ドラッグをキメ、イーロン・マスクよろしく意味不明なツイートで世間を混乱に陥れるジョーカーのような男。これまで数々の強敵を傍若無人の傲慢さで蹴散らしてきたロイ家も、真意の読めないマットソンに翻弄されっぱなしだ。

 マットソンはローガンの存命中とは異なる、ATNも含めた新たな買収プランを持ちかける。ケンダル、ローマンが想定していた売却額“144”を上回る“187”のオファーは、父の遺産とも言うべきATNだけは受け継ぎたい兄弟にとって受け入れ難い。マットソンは言う「怒れる老人のためのニュースに先はない」「お前らはモノマネバンドだよ」。世襲に過ぎない継承者である彼らは父の作り上げた旧来的社会を継ぎ、なおも父の愛に応えることに固執して、その巨大な影に覆われ続けている。事もあろうにケンダルは兄妹で会社を運営できると思い込み、「(マットソンは)親父が築いてきたものを壊すだけだ」と売却交渉を潰そうとする。そんな兄の無謀さになし崩し的に同調してしまうローマンは(それが彼の優しさであり、弱さでもある)、父を引き合いにマットソンから挑発されると暴発。交渉は物別れに終わってしまう。ノルウェーの雄大な山並みを背景に、スカルスガルド相手に一歩も引けを取らないキーラン・カルキンは名演。『ホーム・アローン』のマコーレー・カルキンを兄に持ち、子役時代からの長いキャリアを経ながら代表作に恵まれなかったカルキンは、下品な振る舞いを続けるローマン・ロイの奥底に幾つもの感情を与え、シリーズ開始当初では想像もできなかったことに私たちは愛着すら抱き始めている。

 一方、シヴ(サラ・スヌーク)は極右政治家メンケン(ジャスティン・カーク)のATN介入に難色を示し、近視眼的な兄たちとは違って早く売却交渉を決めたいと考えている。マットソンの懐に入り込むや、とんでもない奇行(0.5lの血液だって?)を聞き出して急所も掴み、彼の信頼を勝ち取った。兄2人がケンカ別れに終わりながらも“192”というオファーを引き出せたのは彼女の存在があってのことだろう。しかしマットソンから交渉の内幕を知らされると、兄たちとの溝はより深まる。第6話、会議室中央にあったシヴの席に、後からやってきたケンダルが何の気なく座り、末席に移らされる場面は幼少期から何度も繰り返されてきた光景であることがよくわかる。表情と短い言葉でいくつものニュアンスを生み出すサラ・スヌークは、『サクセッション』が発掘したスターの中でもひと際個性的。このエピソードでは大車輪的な演技で、父の死後、メンタルヘルスのバランスを崩したシヴが人知れず涙を流している姿は衝撃的だ。シーズン3での裏切り以後、関係が破綻していたトム(マシュー・マクファディン)との距離がここでは再接近。俗物のようなトムでもシヴの前で見せる表情には真実味があり、マシュー・マクファディンにはそうか、ミスター・ダーシー(『プライドと偏見』)も演じた俳優だったなと改めて驚かされる。

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