新田真剣佑主演のハリウッド実写版 『聖闘士星矢 The Beginning』は本当に“失敗作”なのか
車田正美原作の漫画シリーズや、東映動画(現東映アニメーション)のTVアニメシリーズ、劇場版アニメ、OVA作品などを中心に、ゲームや舞台など数々のメディアミックスがおこなわれてきた『聖闘士星矢』。1980年代のTVアニメシリーズは爆発的な人気を獲得し、ヨーロッパや南米など世界でも多くのファンを集めている。この度公開された『聖闘士星矢 The Beginning』は、その東映アニメーションが出資し、ステージ6 フィルムズとの共同製作による実写映画化作品となっている。
日本の会社の資本提供による映画は、アメリカ映画にカウントしていいのかという議論も一部であるようだが 、ロサンゼルスのソニー・ピクチャーズ傘下のスタジオが製作し、多数のアメリカのキャスト、スタッフで作り上げているところから、東映アニメーションが発表しているように、「“ハリウッド版”聖闘士星矢」と呼ぶのに支障はないだろう。むしろ、世界の映画製作会社からの企画の打診や話し合いを重ねた末に、東映アニメーション自ら手を挙げて積極的に製作にかかわることになったという流れだったのだという。
このような経緯から、監督には、プロデューサーとしてのキャリアが豊富なトメック・バギンスキー(『ウィッチャー』シリーズ)、脚本をジョシュ・キャンベルとマット・ストゥーケン(『10 クローバーフィールド・レーン』)、キール・マーレイ(『カーズ/クロスロード』)、スタントシーンを指導するのは、TVアニメ版を観て育ったという、『シャン・チー/テン・リングスの伝説』でも手腕を発揮したアンディ・チャン、そして主演の星矢役には、新田真剣佑という布陣で、この実写化にはハードルの高い題材に臨むことになったのである。
公開されてやや時間が経ったが、日本での興行成績はあまり振るっていないのが正直なところだ。SNSなどでも辛辣な声が少なくなく、原作と比較して批判する意見が目立っている。だが、興味深いのは、原作のコアなファンからは、むしろ評価する声が数多く見られるという点だ。これはどういうことなのだろうか。その内容を振り返りながら、『聖闘士星矢 The Beginning』は本当に失敗作と呼べるようなものだったのかを、ここでは考えてみたい。
『聖闘士星矢』は、ギリシャ神話をモチーフに、星座ごとに作られた太古のアーマー「聖衣(クロス)」を身につけた「聖闘士(セイント)」たちが、体内の「小宇宙(コスモ)」を爆発させて、現代に現れた女神アテナの生まれ変わりである少女を守るため、超常的なバトルを繰り広げる作品。当初、聖衣の強さやグレードは、ギリシャ神話の時代区分である、黄金時代、白銀時代、青銅時代と呼応したものとなっていた。シリーズでは、星矢をはじめ、紫龍、氷河、瞬などを中心とした青銅聖闘士(ブロンズセイント)たちの戦いが、主に描かれていく。
このシリーズの人気が沸騰した大きな理由は、美少年のアイドルグループのように、多くが容姿端麗な若者たちが、華麗な技を繰り出しながら激突し、傷ついていくという、耽美的な部分があったためだと考えられる。とくにアニメ版では、荒木伸吾、姫野美智のデザインはじめ、歴史ある東映動画の卓越したアニメーターたちを中心に、美麗なヴィジュアル、踊るような艶かしい動きなどが好評を博す要因となった。漫画やアニメ版は相乗的に人気を高め合い、読者や視聴者たちは、現在でいう「推し」キャラクターを見つけ応援するという楽しみ方が、すでにされていたのである。
だから『聖闘士星矢』といえば、美少年の博覧会のようなイメージを持つファンも少なくないはずなのだ。にもかかわらず、本作『聖闘士星矢 The Beginning』は、あえてレギュラーキャラクターである紫龍、氷河、瞬、および多くの人気キャラクターにあたる実写の登場人物を出さないという選択をしている。原作でいえば、「銀河戦争(ギャラクシアンウォーズ)編」をおこなわずに、星矢だけが「暗黒聖闘士(ブラックセイント)編」を戦うという内容となっているのだ。
正確に言えば、「星矢ひとり」というわけではない。アクション俳優のマーク・ダカスコスが、富豪の執事である辰巳徳丸にあたる「マイロック」という役を演じて、暗黒聖闘士たちを相手に大活躍するのである。辰巳徳丸といえば、スキンヘッドで大柄のキャラクターであり、美少年キャラのイメージでないばかりか、聖闘士でもない。さらに、原作では星矢とペガサスの聖衣をめぐって競い合った、粗暴な雰囲気の敵カシオス(『ターミネーター3』のニック・スタール)の役柄も大きくなっている。
人気キャラクターでなく、辰巳徳丸とカシオスが重要な活躍をする『聖闘士星矢』……。なぜそんなことになってしまったのか。おそらくは「The Beginning」以降に、数作をかけて人気キャラクターたちが登場し、原作のなかで最も人気のある「十二宮編」へと向かうという構想をしていたため、本作では星矢と生き別れになった姉との関係や、原作では沙織にあたるシエナ(マディソン・アイズマン)の物語をしっかり描くという方向に舵をきったということだろう。