新田真剣佑主演のハリウッド実写版 『聖闘士星矢 The Beginning』は本当に“失敗作”なのか
本作がコアな原作ファンの一部に認められているのは、表面的な『聖闘士星矢』のイメージをなぞるだけでなく、このような精神性のあるドラマを時間をかけて描いたからなのではないか。原作では、例えばキグナス氷河が、海中に眠る最愛の母親に会いに、極寒の海底へと潜っていくエピソードが多くのファンの涙を誘ったように、キャラクターの内面が描かれる点にこそ『聖闘士星矢』の魅力を感じるという声が少なくない。この原作への深い理解が、東映アニメーションが製作に加わった意義である。
本作では星矢の姉への想いと、彼女を助けられなかった葛藤がじっくりと描かれ、さらには『聖闘士星矢』の本質部分といえる、アテナという役割、アテナを守る役割についての、苦悩と懐疑、そこにアメリカの個人主義的な思想による解釈が加わることで、ともすれば封建的な内容になりかねないシリーズの要素を逆に利用して、多様性の尊重へと繋げ、現代の観客がより共感しやすい展開が用意されている。この点は、アメリカのスタッフたちが手がけた意義だといえよう。
このようにテーマを優先させる、余裕ある大胆な計画は、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)などアメコミヒーロー映画シリーズが支持されている背景が後押ししているのだと考えられる。ただ、映画としての質を担保するための勇敢な試みが、興行的な部分で苦戦を強いられる要因になったのは否めないだろう。
観客へのアピールが弱かったのは、設定だけではない。本作の骨格は素晴らしいものの、それぞれのシーンに楽しめる部分が希薄だったのも確かだ。とくに星矢が姉との関係以外の部分で、どんな人間なのか、どういう生活をしているのか、何に興味があるのかなどがほとんど描かれないというのは、少年漫画やアニメーションとしては成立するのかもしれないが、より現実感を与える実写映画としては共感を覚えにくいところなのではないか。むしろもっとMCUに寄せて、例えばコメディ色や現代的な要素を強めるなど、観客が星矢というキャラクターを好きになれるような工夫がほしいところだった。
アンディ・チャンなどの振り付けたアクションについては、一定の評価ができる。東洋的な動きと西洋的なパワーがぶつかり合う、カシオスとのストリートファイトシーンは興奮できるし、太極拳を想起させるマリン(原作でいう魔鈴)との修行シーンも美しい。だが、肝心の聖衣を装着しての星矢の必殺技「ペガサス流星拳」は、近年のヒーロー映画におけるCGのエフェクトと差異が感じられず、むしろ没個性的なものに映ってしまっている。アニメ版のキャラクターたちの必殺技のバンクシーン(使い回しの映像)を見直すと、個性のかたまりであるばかりでなく、作品最大の見せ場として機能していたため、同様の興奮が実写版の方で味わえないのは寂しい点である。また、本作の聖衣のデザインにも違和感を覚えた観客が少なくなかったはずだ。
とはいえ、このようなバランスになった経緯は理解できなくもない。アニメーションの演出やデザインが圧倒的だったのはもちろんだが、それをそのまま生身の俳優にやらせると、陳腐なものにならざるを得なかったのだろう。おそらく、原作に近いコスチュームや、アニメそのままの動きをカメラの前で真剣佑が演じてみたはずなのだ。それは、やはりうまくいかなったのだと想像できる。アニメの内容が荒唐無稽であればあるほど、それを実写で表現すると悪夢のような出来栄えになってしまうというのは、原則といえる。
だが一方で、チープな個性を避け続けていくと、今度は無味乾燥としたものとなっていくというのも事実なのではないだろうか。本作が映画として最低限のリアリティを重視した結果、それが楽しみ難い方向に転んでしまったところが、数多く散見されるのである。『聖闘士星矢』の実写映画化の困難というのは、まさにこのバランスのシビアさにある。というより、本当に理想的なバランスというものが存在するのかどうかすら怪しいのではないか。
しかし、本作のチャレンジは成功している部分もあるため、ぜひ続編にも引き続き挑戦してもらいたいというのが、私の一観客としての望みである。もし続編があるとすれば、さまざまな人種によって演じられる無数の聖闘士たちが激突し、個性を発揮して暴れまくる、カオスな内容になるだろう。黄金聖闘士(ゴールドセイント)のキャスティングや、今回は登場しなかったナルシスティックなイメージのキャラクターたちの演技にも興味がある。そこからが、観客たち万人の望む『聖闘士星矢』であるはずなのである。
■公開情報
『聖闘士星矢 The Beginning』
全国公開中
出演:新田真剣佑、ファムケ・ヤンセン、マディソン・アイズマン、ディエゴ・ティノコ、マーク・ダカスコス、ニック・スタール、ショーン・ビーン
監督:トメック・バギンスキー
原作:車田正美『聖闘士星矢』(秋田書店)
製作・制作:東映アニメーション
配給:東映
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公式サイト:https://kotzmovie.jp/