洋邦問わずミステリー好き必見! シン・ハギュン×ヨ・ジング『怪物』は全てが最高レベル
ここ数年の世界的韓国作品ブームによって、もはや偏見を持っている人は少ないと思うが、洋邦問わずミステリー好きにおすすめしたい作品がある。全16話のドラマシリーズ『怪物』は、2021年2月から4月まで韓国ケーブル局JTBCで放送、日本では同年6月にKNTVで初放送されていた。2021年の百想芸術大賞でドラマ部門作品賞、脚本賞、男性最優秀演技賞(シン・ハギュン)を受賞し、その後Prime Videoなどのサブスクリプション配信がきっかけとなり、日本の視聴者も韓国での狂騒を追体験することになった。今年4月からはNetflixで配信が始まり、テレビシリーズのTOP10に入り続けている。
ドラマのプロットは連続猟奇殺人事件の真相究明を軸にしている。住民同士の連携が堅い小さな田舎町、マニャンで両手の第一関節だけを切断された白骨遺体が発見される。第一発見者となった派出所の警察官イ・ドンシク(シン・ハギュン)と、ソウルからマニャン派出所に転勤したばかりのハン・ジュウォン(ヨ・ジング)は取り調べを受ける。20年前、ドンシクの双子の妹も同様の手口で行方不明となり、容疑者として拘束された過去があった。ジュウォンは赴任早速捜査を開始するが、当時の調書が紛失していたり、深入りを禁じる動きがあり、小さな町に潜む狂気の匂いを感じ取る。感情を封印した掴みどころのないドンシクと、潔癖症で他人を寄せ付けないエリートのジュウォンは、お互いに不本意ながらバディを組み捜査を開始する。
田舎町での未解決連続猟奇殺人事件と聞いて想起するのは、ポン・ジュノ監督の傑作ミステリー『殺人の追憶』(2003年)。どちらの作品も1986年から1991年に起きた華城連続殺人事件をインスピレーション源としていて、舞台原作をもとに警察の杜撰な捜査を揶揄するのが『殺人の追憶』で、『怪物』は捜査が難航する事件の背景をオリジナル脚本で追求する。ちなみに、2019年に華城連続殺人事件の真犯人が明らかになり、韓国を震撼させた事件は一応の終焉を迎えている。タイトルの『怪物』の通り、事情が入り組んだ事件の真相究明は困難を極め、登場人物の誰もが怪しく見えてくる。猟奇殺人犯が怪物なのか、殺人鬼を捕まえるために怪物にならざるを得なかった者の話なのか、清廉潔白な人生を生きてきたエリート警察官が怪物に触れることで豹変していく物語なのか、欲望に駆られ立場や覇権にしがみつく怪物についてなのか、または人間の中に潜む怪物的要素なのか……まさに「怪物だーれだ?」を毎話やっているようなドラマだ。
このドラマがミステリー作品として優れているのは、脚本、演出、演技、撮影、美術、そして音楽と宣伝美術まで全てが一つの方向に向けて研磨し合っているところにある。今作で百想芸術大賞脚本賞を受賞した女性脚本家のキム・スジンは、放送局の脚本公募で入賞後、『恋のゴールドメダル~僕が恋したキム・ボクジュ~』(2016年)、『マッド・ドッグ~失われた愛を求めて~』(2017年)、Netflixの『マイ・オンリー・ラブソング』(2017年)といったラブコメやヒューマン作品を手がけ、刑事ドラマやミステリーが専門というわけではない。『怪物』の執筆には各登場人物の詳細な履歴書から、事件の参考人陳述調書、鑑定依頼書、捜査報告書などを準備し、その一部は韓国で発売されたシナリオブックに掲載されている。脚本家の取材は事件に関する書籍や論文といった公的資料から、警察、派出所、行方不明者捜索やフェミサイド(女性を標的とした殺人事件)、さらには地域開発事業者への取材にまで及んだという。俳優は詳細な設定資料をもとに役作りをする。ハン・ジュウォン役を演じたヨ・ジングが、撮影前の脚本読み合わせで全てのセリフを敬語の「ですます調」で読んだことで、ジュウォンが築く他人との距離感がはっきりとし、より鋭く理性的な人物に修正したとインタビューで語っている。(※1)また、『怪物』は20年前の事件と現在進行形の事件に同じ人物が関わり、時間の経過によって複雑に絡み合う。各エピソードタイトルも、第1話「現れる」と第2話「消える」、第3話「笑う」と第4話「泣く」、第5話「だまされる」と第6話「だます」のように、対照になっている。このような構成はOTT(配信)時代の賜物で、放送以外でドラマを観る人が増え、視聴行動の変化によって挑戦することができた作品だと認めている。
一方、演出は『真夏の思い出~一度きりのサマーラブ』(2017年)、『十八の瞬間』(2019年)を手がけ、『怪物』が3作目となるシム・ナヨン監督。4月26日よりNetflixで配信となった『良くも、悪くも、だって母親』、そして『ザ・グローリー ~輝かしき復讐~』(2022年)の熱演も記憶に新しいソン・ヘギョと、『わかっていても』(2021年)、『マイネーム:偽りと復讐』(2021年)のハン・ソヒが共演する新作『自白の代価(原題邦訳)』の演出も担当する、注目の女性監督だ。俳優たちから迫真の演技を引き出す演出力だけでなく、マニャン派出所や住民たちの部屋、マニャン精肉店のプロダクション・デザインに加え、ベテランシンガーのチェ・ベクホが高らかに歌い上げるエンディング曲「The Night」を配した総合演出力が評価されている。
シム・ナヨン監督は「韓国ドラマにも、韓国らしい情緒を持ったレトロな雰囲気の正統派スリラーがあるんだと感じてほしかった。ポン・ジュノ監督の『殺人の追憶』は面白いスリラー映画としてだけでなく、メッセージを含み社会的責任を担う。『怪物』もそのように記憶される作品になればと思う」と語っている。(※2)