『親切なクムジャさん』の影響大? 『地獄が呼んでいる』など韓国復讐劇の共鳴
2021年前半に配信されヒットを記録した韓国ドラマには、私的復讐を描いた作品が目立った。市民が悪党に立ち向かい、司法ではなく私的に処罰を与え視聴者が溜飲を下げることから“サイダードラマ”と呼ばれ、『ヴィンチェンツォ』(Netflix)や『模範タクシー』(KNTV)、そしてそれらのカウンターとなった『ロースクール』(Netflix)を含めた記事を執筆した(参考:『ヴィンチェンツォ』『模範タクシー』『ロースクール』 韓国の“私的復讐ドラマ”がアツい)。下半期には、サイダードラマとそれらが流行る社会状況に『ロースクール』とは異なる角度で一矢を報いた『地獄が呼んでいる』(Netflix)と『調査官ク・ギョンイ』(Netflix)が登場した。
法曹への戒めと、正義と真実に対する崇高な理想
2月から放送・配信された『ヴィンチェンツォ』は、イタリアのマフィア弁護士(ソン・ジュンギ)に導かれ、検察と癒着した財閥企業によって苦しめられていた市民が、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」の如く立ち上がるストーリー。ほぼ同時期に放送されていた『模範タクシー』でも、表面上はタクシー会社、裏の顔は復讐請負業のムジゲ運輸のタクシー運転手(イ・ジェフン)らが、社会的弱者を苦しめる悪徳企業や個人に対し制裁を下す。6月まで放送・配信されていた『ロースクール』は、法科大学院の生徒と教授が学園内で起きた殺人事件に巻き込まれるミステリーだが、根底にあるのはサイダードラマが流行るほど信頼を失った法曹界への戒めと、正義と真実のために法は存在するという崇高な理想だ。だからこそ、学生や教授は迷いが生じるたびに「正義の女神 テミス像(剣と天秤を両手に持つ、司法・裁判の公正さを象徴する像)」の前で苦悩する。
『地獄が呼んでいる』が描く、いびつな民主主義の暴走
上半期のドラマと『地獄が呼んでいる』とのブリッジになるのが、韓国で夏に放送された『悪魔判事』(Mnet)。舞台となるディストピア社会では、国民参与裁判(陪審制裁判)が全国に生中継され、裁判官のカン・ヨハン(チソン)は高視聴率をあげるために最高のショーを演出する。悪や悪事に制裁を下すのは法ではなく、大衆の支持である。
『悪魔判事』において、究極の民主主義を体現するのが世論に左右される国民参与裁判ならば、『地獄が呼んでいる』では、ネット社会が生んだ民意の集合体「矢じり」が、法や秩序になり代わり制裁を下す。告知を受け犯罪者のレッテルを貼られた者の命を地獄の使者が奪う「試演」現象が起き、新興宗教団体「新真理会」の議長(ユ・アイン)はこれを、神による断罪だと宣言する。告知を受けた人々を匿う勢力もあれば、新真理会を盲信する集団「矢じり」は、リーダー格のYouTuberに扇動され、自分たちが信じる正義を盾にした暴挙に出る。
『地獄が呼んでいる』が今までのディストピアものやホラー作品と一線を画すのは、超常現象のように現れる謎の物体については何も解き明かされず、恐怖に駆られた民衆心理を最も恐るべきものとして描いているところだ。そしてその状況に視聴者が震えるのは、実際の社会でも同様のことが起きているから。匿名の集合知であるネット社会は、事件事故報道から対象を人定し、正義を振りかざし断罪する。これも私的復讐の一種だと言えるだろう。