『どうする家康』『100万回』『ロストケア』　出演作が続く松山ケンイチの現在地

　2023年に入り、にわかに勢いを増す俳優・松山ケンイチ。1月クールの金曜ドラマ『100万回 言えばよかった』（TBS系）に、大河ドラマ『どうする家康』（NHK総合）、そして映画『ロストケア』、『大名倒産』と6月まで出演作が続く。もともと多作なタイプではあるが、いつにも増しての公開ラッシュ。目が行くのも当然だろう。さらに言えば、どの作品も同じ印象のない、役柄の幅の広さも改めて感じられるラインナップとなっている。デビュー当時より、“カメレオン俳優”や“憑依型俳優”とも呼ばれ、その演技力を高く評価されてきた彼だが、まさに面目躍如とも言える活躍ぶりだ。

　まず、先ごろ最終回を迎えた『100万回 言えばよかった』で演じたのは、幽霊が見えるお人好しの刑事・魚住譲。何者かによって殺害された鳥野直木（佐藤健）の霊が見えてしまうことから、事件の真相を追ううちに直木の恋人だった相馬悠依（井上真央）に惹かれていく。設定こそファンタジックながら、幽霊となった直木との軽妙な掛け合いや悠依への秘めた恋心、最後には潔く身を引く覚悟まで、さまざまな表情を見せる役でもあった。個人的には、悠依の気持ちが少しくらい譲に傾く展開も見たかったが、彼女の一途さに惹かれている手前、設定が崩壊するような流れはしづらかったのだろう。それでも悠依に呼ばれたらどこにでも駆けつける譲の健気さは視聴者にはしっかり届いたようで、SNSでは「これ以上ない配役」「魚住さんがかわいすぎ」などの声が飛び交った。

　また、『どうする家康』では、家康の家臣のひとり、本多正信役で登場。無責任な言動と周囲の人を煙に巻くような立ち回りで仲間たちからは嫌われるも、家康にとってはどことなく憎めない存在だ。三河一向一揆が描かれた第9回では、家康を裏切り一向宗側に軍師として参戦。捕らえられたのちにも仏に助けを求める民の気持ちを代弁し、家康を一喝するクライマックスシーンは視聴者を釘付けにした。演じた松山本人も「その収録の前日、僕自身も全く寝られませんでした。20年近く俳優をやっている中で初めての経験でした」とコメントを発表し、緊張感を持って撮影に臨んだ様子をうかがわせた。（※）結果、正信は三河から追放されるが、歴史上ではのちの家康を支える重要人物であることから、すでに再登場も予告されている。存在感のある2面性のある役柄がどう変化するのか、また家康とどのように信頼関係を結んでいくのか期待が高まる。

　そしてちょうど公開を迎えた映画『ロストケア』では、42人の老人を殺害したとされる介護士・斯波宗典役を熱演。松山が犯人であることはすでに冒頭で明かされてしまうため、作品のポイントとなるのはその動機だ。献身的な介護士だった斯波がなぜ大量殺人を犯したのか、日本の現代社会が抱える介護をめぐる実情と生死の権利という深いテーマが浮かび上がる。見どころとなるのは検事の大友演じる長澤まさみとの白熱の取り調べシーン。信念に従い、行動を起こしたことに一切の迷いを見せない斯波の佇まいは犯罪者というよりも悟りを開いた者のそれのよう。終始冷静な中に社会への言い知れぬ怒りをにじませる抑制された演技の凄みはぜひ劇場で目撃していただきたい。本作の松山は映画化決定の前段階から企画に携わり、いわばプロデューサー的な役割も果たしたというから、作品への熱の入れようも感じられるはずだ。