『THE LAST OF US』を原作ゲームと比較検証 日常を描いたドラマならではのアプローチ
そのように考えると、『The Last of Us』のシナリオは、そういったゲームシステムを利用してこそ真価を発揮するものだったといえる。その意味では、ゲーム同様にストーリーが進んでいくドラマ版は、構造的に不利だということになる。
だが、ドラマシリーズの方にも強みがある。それは、実際の人間が役を演じているという部分だ。『The Last of Us』のストーリーの醍醐味となっているのが、登場人物の心理の変化である。旅に出発した頃はエリーのことを、ただの荷物としか思っていないジョエルは、大人をもたじろがせる聡明さと、同時に子どもらしい活発さや好奇心を持った姿を目にし、言葉を交わしているうちに、彼女を実の娘同様に大事な存在だと感じ始める。そういった繊細な演技を、ペドロ・パスカルはゲーム以上のリアリティで演じている。
なかでも最高なのは、しつこくダジャレを言いまくるエリーに対し、大人の威厳を示して精神的な距離をとろうと思っているはずのジョエルが、笑うまいと必死にこらえる場面のほほえましさだ。いかにCGでの表現方法が発達しているとはいえ、このような描写は、やはり実写の方がまだまだアドバンテージがある。ちなみに、ゲーム『At Dead Of Night』のように、プレイ中に俳優が演技をする実写映像を効果的に織り込むことで、まさに実写画面のなかでプレイヤーがゲームをしているような気分にさせる作品も出ていて、俳優の演技がドラマとゲームの決定的な差異だと断言することはできないのだが。
そんな実写ドラマの魅力が最大限に発揮されたのが、ドラマ第3話だった。ここでは、ドラマ用に大きく脚本、設定が直され、荒廃した町に2人きりで住むゲイカップルの恋愛や日常が描かれていく。
略奪者の襲撃から身を守りながら、ピアノを弾いたり、ワインを楽しんだり、いちごを栽培するなど、人生の何気ないワンシーンが、印象的に配置される。そのときは、それほど大きな出来事とも思えなかった瞬間が、かけがえのないものとなっていき、“生きる意味”そのものにまで変化していく。そしてそれは、ジョエルとエリーの今後の関係を暗示してもいるのだ。
このように、日常描写を連続させていくという構成は、より娯楽性が求められがちなゲームという媒体では、比較的表現しにくい部分だといえる。そこをこそ徹底的に描くことで、ゲーム版をも凌駕する人間ドラマを表現し得たのは、まさにドラマならではのアプローチだといえるだろう。
ゲーム『The Last of Us』シリーズでは、性的マイノリティが複数登場するといった点も画期的だった。とくに『The Last of Us Part II』では、同性愛について、さらに踏み込んだ表現をしたことで、ニール・ドラックマンはゲーム業界において多様性を推進した功労者だと評価されている。一方で、そんな表現に対して保守的な考えを持ったプレイヤーたちが批判を浴びせる事態も起こった。
しかしニール・ドラックマンは、ゲームの受け手の一部がそのような反応をすることを、事前に予想していた。だからこそ、『The Last of Us Part II』の一部分で、同性カップル同士がキスをしているところに文句をつけるキャラクターをわざわざ登場させ、批判的に描いているのだ。この流れを見ると、今回のドラマ第3話というのは、その発展形だということが理解できるのである。
しかし今回のドラマ版の方では、同種の批判をあまり見かけないのが実情だ。それは、映画、ドラマ業界が、このような表現がすでにありふれたものになっているのに対し、ゲームでは性的マイノリティの表現が、近年増えてきてはいるものの、まだまだ浸透できていない状況を示しているといえる。このような表現に対する差別的な批判のなかには、「ポリコレに屈した」などと揶揄するような、いわゆる“ポリコレ叩き”に類するものが多い。その考え方の背景にあるのは、「ポリティカル・コレクトネス」や「コンプライアンス」に配慮することで、クリエイターが本当に描きたい表現ができないといった見方だ。
しかし、多様性を尊重する表現をするクリエイターたちは、そのことを逆に、社会にはびこる差別への挑戦だと主張している場合が多い。また、クリエイターや他のプレイヤーのなかにマイノリティ当事者が存在する点を見落としている。だから、そういった表現に挑む作り手に対し、“仕方なく多様性を描いているはず”といった前提でものを言うのは、これ以上なく失礼な態度だといえる。そしてニール・ドラックマンは、ドラマ版において、この信念を貫いたことで、自身の作家性をさらに強固なものとしたのである。
すでにシーズン2製作も決定したドラマ版は、この後も、多様性を重視しながら、視聴者の心に感動と悲痛な思いを呼び起こす展開を用意しているはずである。現時点では、ゲーム版、ドラマ版のアドバンテージがそれぞれ際立っていて、甲乙つけ難いところがある。
ドラマ『THE LAST OF US』は、安易にゲームのドラマ化をした、気の抜けたシリーズでは、決してない。第3話のような圧倒的なエピソードは、すでにドラマ界の名作エピソードと称して良いほど、高い完成度をほこっているのだ。今後、ゲーム版の内容をそのまま追っていくだけでも、視聴者を圧倒できるのはもちろんではあるが、この先も、ドラマ版独自のストーリー、演出を期待したいところだ。
■配信情報
『THE LAST OF US』
U-NEXTにて独占配信中
脚本・製作総指揮:クレイグ・メイジン、ニール・ドラッグマン
監督:クレイグ・メイジン、ニール・ドラッグマン、ピーター・ホアー、ジェレミー・ウェッブ、ヤスミラ・ジュバニッチ、リザ・ジョンソン、アリ・アッバシ
出演:ペドロ・パスカル、ベラ・ラムジー、ガブリエル・ルナ、アナ・トーヴ、ニコ・パーカー、マレー・バートレット、ニック・オファーマン、メラニー・リンスキー、ストーム・リード、マール・ダンドリッジ、ジェフリー・ピアース、ラマー・ジョンソン、キーヴォン・ウッダード、グレアム・グリーン、エレーヌ・マイルズ、アシュレー・ジョンソン
日本語吹替キャスト:山寺宏一、潘めぐみ、高橋広樹、田中敦子、朴璐美
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