『THE LAST OF US』75分かけて描いた第3話の衝撃 2020年代をリードするクィアドラマに

『THE LAST OF US』3話の衝撃

 実を言うと、第1〜2話の時点ではまだ疑っていた。原作ゲームとまるっきり同じ構図の撮影や、原作を補強するに留まる脚色にこれはファンダムから決して嫌われることのない、野心なき実写化ではないか? この旅路の行き着く先は、2013年に既にPlayStation 3で見た風景ではないか? そんな疑いが拭えずにあった。しかし『THE LAST OF US』は第3話にして原作という道筋から大きく外れ、全く予想しなかった場所に到達してみせる。“3人称視点の1人用ゲーム”から、複数の視点を介する“TVシリーズ”というナラティブを手に入れ、本作は2020年代に語られるべくより深いレベルへ向かおうとしている。

 これまでで最長の75分をかけて語られる第3話は、ボストンを後にしたジョエル(ペドロ・パスカル)とエリー(ベラ・ラムジー)の旅路と、彼らの目的地であるリンカンに暮らすビルとフランクという、中年ゲイカップルの20年間が並行して描かれる。原作ファンとしてはキャスティングが発表された時点から配役が気になっていた。街中に罠を仕掛けて閉じこもるパラノイア気味の男ビル役にニック・オファーマン。そのパートナー、フランク役にマレー・バートレット。『ホワイト・ロータス / 諸事情だらけのリゾートホテル』で白人富裕層に翻弄されるホテル支配人を演じ、エミー賞にも輝いたバートレット演じるフランクは、実は原作ゲームに(生きている状態で)登場しない。ジョエルらが訪れる頃にはビルに愛想を尽かして家を出ているのだ。

 その後、程ない場所にある空き家で彼は首を吊った状態で発見される。感染者に噛まれ、自分を失ってしまう前に命を断つことを決意したらしい。遺書には腐れ縁となったビルへの恨み節が綴られており、どうやらこの家に残されていたトラックで街を出るつもりだったようだ。ビルは遺書を読むと「バカな奴だ」と独り言ち、ジョエルらに「もう2度と来るな」と言って再び町に閉じこもってしまう。エリーはビルの持ち物からゲイ向けの成人雑誌を見つける。無数のゾンビから追われるアクションゲームの最中に“パートナー”という台詞からビルの心中を即座に察することは難しいが、ここでプレーヤーは彼が同性愛者であることを確信する。その後、ビルがどうなったか描かれることはない。

  ショーランナーのクレイグ・メイジンはこの断片的な原作エピソードを再構築し、さらに多くの行間を生み出してみせた。罠とインフラで町内を大きなシェルターへと改造し、“サバイバリスト”を自称するビルの前に、快活な放浪者フランクが現れる(“アービーズ”に関する愉快なやり取りが最高だ)。偉大なるオファーマンとバートレットの繊細なアンサンブルは、年間ベストテンを決める頃になっても人々の心から決して忘れられることはないだろう。80年代ロンドンのクィアコミュニティを描いた群像劇『IT'S A SIN 哀しみの天使たち』で知られるピーター・ホアー監督は、リンダ・ロンシュタットの1970年の名曲「ロング・ロング・タイム」の歌い方1つで2人のパーソナリティから性的アイデンティティまで描き分けてみせる。世界が滅んでも町内の景観を整え、ブティックを開き、銃を捨てイチゴの種を蒔くフランクの文化的な振る舞いだけが、自閉した陰謀論者であるビルの心を開かせるさまは昨年1年間、あらゆる作品が分断と対立に苦悩した末の到達点ではないだろうか。2人はひそやかに結婚式を挙げる。この世界は同性婚が合法化されることなく2003年に滅んでしまっている。実際にパンデミックを経ても世界が滅ぶことなく存続する今、一国の総理大臣が「社会が変わってしまう」と同性婚を忌避する現実はいったい何なのか。

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