複雑な感情を映像化 『四畳半タイムマシンブルース』が描くモラトリアムや“青春”の終わり

『四畳半タイムマシンブルース』を解説

 本作の舞台は、実在する学生自治寮を基にした、お馴染みの「下鴨幽水荘」。「メフィストフェレス」のような友人である、こちらもお馴染みの“小津”とともに、下宿の中で唯一クーラーがある部屋で夏の一日を過ごすことになった、「私」の心の述懐から、物語は動き出していく。しかし、リモコンの故障でクーラーは作動していないのだが……。『四畳半神話大系』で、いくつもの並行世界が描かれたことを考えると、この本作の世界もまた、「私」のあり得た世界の一つだと解釈できるのではないだろうか。

四畳半タイムマシンブルース

 “明石さん”の製作する学生映画の撮影や、クーラーのリモコン騒動、ヴィダルサスーンのシャンプー盗難事件など、一見すると日常的に感じられる出来事が展開する、本作のストーリーの原動力となるのが、突如現れた異物「タイムマシン」の存在である。

 「私」や小津、明石さんをはじめとする学生たちは、このタイムマシンに乗って、下鴨幽水荘の昨日と今日という、非常に小さな時間のなかを、わちゃわちゃと、かしましく行き来していく。そんな、ある夏の日常の時間が繰り返される様は、やはりそれ自体が、モラトリアムの日々を象徴しているようにも感じられる。それを観ているわれわれ観客もまた、繰り返し続けたい、過去の一日があるのではないか。そして永遠に、決定的なことの起こらない日常を取り戻し続けたい思いが心のどこかにあるのではないだろうか。

 押井守監督のアニメ映画『うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー』(1984年)もまた、同じ一日が何度も何度も繰り返されるという物語を描いていた。その展開に、押井監督は『うる星やつら』や『サザエさん』、『ドラえもん』などの作品が持っている、いつまでも終わらない「繰り返される日常」という世界の構造を重ねている。

 その意味では、本作に登場するクーラーのリモコンは、非常に象徴的なアイテムである。本作では、タイムマシンの矛盾点として有名な、「時間の輪」と「祖父殺しのパラドックス」と呼ばれる考え方が登場する。その「時間の輪」が、クーラーのリモコンの行方に対応しているのだ。

 「時間の輪」を描いた、代表的な名作SF映画に、リチャード・マシスン原作の『ある日どこかで』(1980年)がある。老婦人から懐中時計を受け取った主人公が、過去にタイムワープをして、それをまた、ある女性に手渡す。その時計が、時代を経てまた主人公に手渡されるのだ。そうなると、この時計はいったいどこから現れたのかという問題が発生する。起点と終点を失って、ぐるぐると回り続ける時計……これがまさに、本作のパラドックスとなるクーラーのリモコン問題に対応する。

 そしてまさに、この「時間の輪」となるリモコンこそ、取り壊されるまでの下鴨幽水荘の歴史の中で、永遠の輪を完成させる、モラトリアムの理想形なのではないか。村上春樹の『ノルウェイの森』で語られた、「十八と十九の間を行ったり来たり」したいと願う、十代の終わりの願望の象徴である。

四畳半タイムマシンブルース

 しかし、そのような堂々巡りの状況から踏み出さない人間には、精神的な成長がない。将来の失望がない代わりに、人生の達成が得られないのも確かなのである。その意味で、リモコンのパラドックスを解消して明日へ向かおうとするのは、自分を変えて前へ踏み出すことを表しているといえるだろう。ということは、本作はうだうだする幸せに包まれた、モラトリアムや“青春”の終わりであり、並行世界とはいえ、『四畳半神話大系』そのものを、テーマとして終わらせてしまう性質の作品だといえるのではないか。

 だが、始まりがあり終わりがあるからこそ、その途上である現在を能動的に生きようとする思いが生まれ、そこに価値が生まれるということもある。進みたくない、でも前に進みたい……この葛藤、煩悶もまた、『四畳半神話大系』そのものといえるところがある。本作『四畳半タイムマシンブルース』は、この感情を見事に一つの作品として仕上げたと思えるのだ。

■公開・配信情報
『四畳半タイムマシンブルース』
劇場版3週間限定公開中
ディズニープラスにて独占配信中
キャスト:浅沼晋太郎、坂本真綾、吉野裕行、中井和哉、諏訪部順一、甲斐田裕子
原作:『四畳半タイムマシンブルース』森見登美彦著、上田誠原案(KADOKAWA刊)
監督:夏目真悟
脚本:上田誠(ヨーロッパ企画)
キャラクター原案:中村佑介
音楽:大島ミチル
主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION「出町柳パラレルユニバース」
アニメーション制作:サイエンスSARU
配給:KADOKAWA/アスミック・エース
©︎2022 森見登美彦・上田誠・KADOKAWA/「四畳半タイムマシンブルース」製作委員会
公式サイト:https://yojohan-timemachine.asmik-ace.co.jp
公式Twitter:https://twitter.com/4andahalf̲tmb

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