複雑な感情を映像化 『四畳半タイムマシンブルース』が描くモラトリアムや“青春”の終わり

『四畳半タイムマシンブルース』を解説

 森見登美彦原作、湯浅政明監督により好評を博した、四畳半に住むモラトリアム学生が主人公のTVアニメ『四畳半神話大系』、そして映画『夜は短し歩けよ乙女』(2017年)。不思議な魅力で多くのファンを集めてきたシリーズが、『四畳半タイムマシンブルース』として、堂々の帰還である。

 本作(劇場版)の上映は3週間限定と、最初から決められている。この内容の一部となるエピソードは、すでに途中までが、ディズニープラスで9月から先行配信されていて、残りのエピソードは劇場版の公開後、10月中旬配信分で完結するという、ちょっとややこしいシステムとなっている。配信でいち早く観ていたはずの視聴者が、後から劇場で鑑賞した観客に追い抜かれるというのは、まさに本作『四畳半タイムマシンブルース』で描かれる、複雑な時間旅行のようだ。

四畳半タイムマシンブルース

 留意しておいた方がいいのは、本作の原作小説は、劇団「ヨーロッパ企画」の舞台作品で、実写映画化もされた『サマータイムマシン・ブルース』の内容を、森見登美彦が『四畳半神話大系』の設定、世界観で書き直したコラボ作品であるということ。だから本作のプロットは、『サマータイムマシン・ブルース』と、かなり近い内容となっているのだ。ちなみに、ヨーロッパ企画の方でも、『夜は短し歩けよ乙女』の舞台作品を手がけていたり、主宰の上田誠がアニメ化の際のシリーズ構成を担当していたりする。

 また、今回の劇場版、配信版『四畳半タイムマシンブルース』の監督は、湯浅監督からバトンタッチした、夏目真悟。『四畳半神話大系』、『夜は短し歩けよ乙女』のスタッフでもあり、監督したTVアニメ『Sonny Boy』の個性的な内容が話題を集めた、注目の才能であるだけに、湯浅監督以外では、これ以上考えられない人選だろう。

 筆者は、2009年に「アトリエ・ダンカン」プロデュースの『夜は短し歩けよ乙女』舞台版を観劇している。そこで、持って回った長台詞が連発する『四畳半神話大系』の世界観が舞台劇にフィットしている……というより、舞台劇のような要素がはじめから多かったことを、生で感じることができた。戯曲『サマータイムマシン・ブルース』との親和性が高いのも当然だといえよう。

 本作では、『サマータイムマシン・ブルース』の舞台と映画版でも、未来からやってくる“田村くん”を演じていた、本多力がそのまま声優を務めている。本職の声優ではないが、大したことのないセリフでも面白くしてしまう演技力を見せ、本作の名だたる声優たちの仕事のなかでも、強い印象を残している。

四畳半タイムマシンブルース

 さて、母親の胎内の中に宿り、外の世界に触れることを猶予されている胎児のごとく、四畳半で日々を過ごし続けている、主人公「私」。意中の後輩“明石さん”に強烈に惹かれながらも、ストレートなアプローチができず、『夜は短し歩けよ乙女』では「ナるべく、カのじょの、メにとまる」という、あまりにも陰湿な「ナカメ作戦」を敢行したりするくらい、後ろ向きな姿勢にとどまる、いろんな意味で「モラトリアム」を地でいっているといえるキャラクターだ。

 想起させられるのは、夏目漱石の小説『三四郎』である。三四郎は硬派な男ではあるが、女性に決定的な態度をとることができず、ぐるぐると自意識のなかを意味もなく泳ぎ続けるのみだ。そんな歴史的な小説と煮え切らなさを共有する「私」にとって、そして同じように鬱屈した青春時代を過ごしてきたか、もしくは過ごしている最中の観客にとって、厳しい現実に打ちのめされるかもしれない、期待と恐怖が入り混じった結果までの空白の時間というのは、ある意味、甘美で愛しいものなのだと、「私」の態度に共感できるところもあるのではないか。

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