井之脇海の再々登場が『ちむどんどん』にもたらしたもの 暢子が“かげ”になることを願って
“朝ドラ”ことNHK連続テレビ小説『ちむどんどん』が100話を迎えた。第96話〜100話までの第20週「青いパパイアを探しに」では暢子(黒島結菜)が妊娠。出産、子育てとお店を両立させると張り切る。両立できた多江(長野里美)と、両立できなかった妹のことを思って心配する房子(原田美枝子)、生まれてくる子供の名前に思いを馳せる重子(鈴木保奈美)と先輩たちもそれぞれ。「青柳ちむどんどん」と勘違いする重子が微笑ましかった。
はじめての自分の店、はじめての出産、はじめて尽くしで、体力とガッツが人一倍の暢子でもなかなか大変そう。そんなとき現れた救世主、それはーー矢作(井之脇海)だった。
矢作は「アッラ・フォンターナ」では暢子の先輩。房子が暢子を身内びいきしているように感じて、ふいに店を辞めてしまった。独立したのはいいが、店を軌道に乗せることができず、フォンターナの権利書を盗み、それによってフォンターナをピンチに陥れた。
事なきを得たとはいえ、急に店を辞めて迷惑をかけたり、権利書を盗んだりは、度を越した行為である。フォンターナにいたときも、実力が問われる局面でテンパってうまくいかないことが多く、そのときの態度も含め、矢作にはあまりいい印象がない。にもかかわらず、暢子はなんの躊躇もなく、食い逃げするほど困窮している矢作に手を差し伸べるのだ。
料理人を辞めたと言いながら矢作が包丁を懐に大事に忍ばせていることに気づいたからだろう。包丁が魂であることを暢子は知っている。彼女も亡き父・賢三(大森南朋)の包丁を大切に持っていたから。優子(仲間由紀恵)から、反対意見にも耳を傾けてとアドバイスされたことも影響しているのかもしれない。自分に敵対してきた矢作の声にも耳を傾けようと思ったのではないだろうか。ただ矢作はいつも真っ先に暢子の料理を「うまい!」と言う素直なところもあったのだが。
矢作が再登場して暢子に協力する話の展開自体は目新しくはない。朝ドラでは、前半に出てきた人物が、後半、サプライズのように出てくることがよくある(朝ドラあるある)からだ。だが、矢作の場合、なにかと印象が悪すぎて、暢子が躊躇なく店に呼ぶことが「まさかや」「ありえん」という気もしないでない。そこに、いや、どんな人間もゆるされるチャンスがあるとか、人間は時間がかかってもいつか打順が回ってくるとかいう教訓を見出すことも可能ではある。
どんな人間もゆるされるという観点で見ると、暢子はまず自分優先で、やりたいことをやりたいように自由にやって、まわりを振り回してきた。物語の中ではそれがゆるされている人物である。視聴者的にはそれがいやだと感じる人たちもいて、作品によっては物語の中で批評する登場人物を出すものもある。例えば『まれ』では、主人公に「世の中舐めすぎ」と指摘する人物が出て来て、それが歓迎された。
暢子のことを指摘する人物はいない。ただ、暢子のいいところは、他者を否定することがないところだ。賢秀(竜星涼)があれだけ問題を起こし続けても、彼の生き方を否定せず、受け入れている。それは家族だからと思っていたが、赤の他人の矢作のこともゆるすのはなかなか寛大である。