柄本佑の“裏かぶり”がもったいない　『空白を満たしなさい』『初恋の悪魔』で担うもの

　最終回を迎える『空白を満たしなさい』（NHK総合）と7月期ドラマとしてはじまったばかりの『初恋の悪魔』（日本テレビ系）という毛色の異なる2作にて、強い存在感を放っている柄本佑。この2作を通して改めて、彼が俳優としての高い表現力と、作品の中心に立つことができる華を持つ存在なのだと感じているのは筆者だけではないだろう。柄本佑を気軽に堪能できる、そんな絶好の機会になっているのである。

　『空白を満たしなさい』での柄本は、非常にシリアスな演技に徹している。本作が描くのは、死んでしまった人間があちこちでよみがえるという不思議な現象が起こる世界の物語。よみがえった人々は世間一般から「復生者」と呼ばれ、その存在の是非をめぐっての問題も起きている。柄本が演じる土屋徹生もこの「復生者」だ。徹生は3年前に妻と幼い息子を残して会社の屋上から転落死したようだが、彼自身には身に覚えのないことで、家族を愛し、仕事に燃えていた生前の自分からは、いま直面している現実は信じがたい。こうして徹生は、自身の死の真相（＝死に至るまで空白になっている記憶）を取り戻すべく奔走する。

　人の「死」や「自殺」をモチーフにしているため、本作は“ヘビーな作品”と呼べるものであり、柄本の演技がシリアスなのは当然と言えば当然だ。自身の死の真相に少しずつ近づき、驚くべき事実を知り、空白が埋められていくごとに見せる柄本の精彩を欠いた表情は、作り込まれたもの以上に徹生という人間のメンタリティを物語る。これを見つめる私たち視聴者はその表情を入口にして、彼の内面がいまどのように動いているのか想像をめぐらせる。そうして私たちは徹生とともに彼の精神世界へと沈み込んでいく。主役の柄本は本作の顔ともいえる存在なわけではあるが、彼から目が離せない理由にはこういったメカニズムがあるのではないだろうか。ミステリー作品で重要なのは観る者に緊張を強いることにあるが、本作は作劇だけでなく、柄本の存在そのものがそれを担っているのである。

　一方、『初恋の悪魔』での柄本の演技はコミカルな要素があるものだ。演じる小鳥琉夏は警察署の会計課に勤める男で、非常に細かい性格の変わり者。アクの強い人物である。『空白を満たしなさい』の徹生は「復生者」という奇天烈な設定を背負わされたキャラクターだが、彼とは方向性は違えど小鳥も特別なのだ。なにせ彼は、ほかのアクの強いキャラクターたちとともに難事件に挑んでいくことになる。物語はまだ始まったばかりのため先の展開はまったく読めないが、仲野太賀演じるどうにも冴えない総務課職員・馬淵悠日、林遣都演じる凶悪犯罪が大好物の刑事課の刑事・鹿浜鈴之介（※停職処分中）、松岡茉優演じる万引き犯などを担当する生活安全課の刑事・摘木星砂らとの共闘がこれから本格始動。柄本をはじめ、誰もが映画やドラマで主役を張る存在なだけに、このカルテットがどのようなハーモニーを奏でるのかがやはり最大の注目ポイントだ。主に柄本が一人で作品を率いる『空白を満たしなさい』とは異なり、よりシーンごとの演技の“足し引き”がモノをいう。

　柄本の好演というと、いまもっともホットなのがアニメ製作に携わる者たちの活躍を描いた『ハケンアニメ！』の行城理役だろう。同作は封切り日からすでに2カ月が経過しているが、口コミによって広がりを見せ、現在も新たなファンを獲得しつつある。柄本が演じたアニメ会社のプロデューサー・行城はビジネス優先で個人の情熱を無視する男……かと思いきや、物語が転調するタイミングでこの男の真の顔も明らかになる瞬間が用意されている。大勢の人間による共同クリエーションにはさまざまなポジションがあり、それらのピースが一つも欠けてはならぬことを本作は描いており、その事実を端的に物語る役どころを柄本は担う。冷徹さの体現ぶりが見事である。夜のお茶の間だけでなく、映画館でも柄本佑を堪能できるのだ。

■放送情報
『空白を満たしなさい』（全5回）
NHK総合にて、毎週土曜22:00〜22:49放送
出演：柄本佑、鈴木杏、萩原聖人、渡辺いっけい、うじきつよし、藤森慎吾、ブレーク・クロフォード、風吹ジュン、阿部サダヲほか
原作： 平野啓一郎『空白を満たしなさい』
脚本：高田亮
音楽：清水靖晃
制作統括：勝田夏子（NHKエンタープライズ）、落合将（NHK）
演出：柴田岳志（NHKエンタープライズ）、黛りんたろう
写真提供＝NHK

『初恋の悪魔』
日本テレビ系にて、毎週土曜22:00～22:54放送
出演：林遣都、仲野太賀、松岡茉優、柄本佑、佐久間由衣、味方良介、安田顕、田中裕子、伊藤英明、毎熊克哉
脚本：坂元裕二
演出：水田伸生ほか
プロデューサー：次屋尚ほか
チーフプロデューサー：三上絵里子
制作協力：ザ・ワークス
製作著作：日本テレビ
(c)日本テレビ
公式サイト：https://www.ntv.co.jp/hatsukoinoakuma/
公式Twitter：＠hatsukoinoakuma
公式Instagram：＠hatsukoinoakuma_ntv