あえて“映画”を名乗った『ゆるキャン△』のチャレンジ TVシリーズにはなかった要素とは

“映画”を名乗った『ゆるキャン△』の挑戦

現実と折り合うこと

 ところが、ここでTVシリーズにはなかった大きな要素が顔を出す。それが「挫折」である。どうにもならない現実に直面し、彼女たちのキャンプ場づくりはストップしてしまう。現実を伝えられたとき、彼女たちはこれまでのTVシリーズでは見せたことのない暗い表情を垣間見せる。キャンプを楽しんでいるだけなら、多少の失敗はあったとしても、このような挫折は経験しないだろう。このことについて、あおい役の豊崎愛生はパンフレットのインタビューで「世界が広がれば広がるほど、自分の存在の無力さを思い知ることもある」と的確に表現している。

 「大人になればなんでもできる」と思っていたのに、「大人になればなんでもできるわけではない」。これが彼女たちに突きつけられた現実。だけど、非日常で経験したことを日常に持ち帰って活かすことはできるし、現実と折り合いをつけて解決策を導き出すこともできる。「現実と折り合いをつける」なんてピュアじゃない! 大人の汚いやり口だ! と思う人もいるかもしれないが、実は彼女たちは高校生の頃から現実と折り合いをつけながらキャンプを楽しんできた。豪華なキャンプ料理を作るだけでなく、焚き火でカップヌードルを作って食べるだけでも美味しいし楽しい。理想を追い求めるばかりではなく、現実的にできることだけをやって「こういうのもいいんじゃない?」と笑い合っていた。現実と折り合うためのキャンプ場のコンセプト変更は、彼女たちがキャンプを通して学んだことを、大人になって現実世界で行っているとも言えるのではないだろうか。

 また、彼女たちはキャンプ場つくりを経て、ひとりではできないことも人とかかわることでできるようになることを学んでいく。リンは先輩社員の刈谷が自分をサポートしてくれていたことを知り、より積極的に仕事に取り組むようになる。このように、彼女たちのまわりには常に大人たちがいて彼女たちを見守っていたり、サポートしていたりする。そんなことに気づくのも成長の一つである。

「伝える」というテーマ

 高校時代の友情や寂れてしまった地域の「再生」をはじめ、いくつものテーマが重層的に語られている映画『ゆるキャン△』の中で、印象的に描かれていたのが「伝える」ということだ。予告編でも使用されていたなでしこのセリフにこのようなものがある。

「私たちが今、楽しいって思ってることが、いろんな人に伝わって、また楽しさを伝えていく」

 偶然なのかもしれないが、恵那を除けば主人公たちの職業はみんな「伝える」ことにかかわっている。なでしこはアウトドアショップの店員として、アウトドアの楽しさを女子高生やファミリーなどの初心者に伝えている。リンはローカル雑誌の編集者として、地域の魅力について読者に伝えている。千明は観光推進課の職員として、再発見した地元の魅力を、あおいは小学校の先生として、子どもたちに多くのことを伝えている。

 もともと、なでしこはリンからキャンプの楽しさを伝えられていたし、『ゆるキャン△』そのものがキャンプの楽しさを多くの視聴者に伝える作品だった。映画『ゆるキャン△』は、これまで無自覚に行ってきた「伝える」ことに自覚的になっていく成長を描いたストーリーと言うことができるだろう。知っていることを知らない人に伝えることは、大人に与えられた役割なのだ。

「映画」として

 本作の上映時間は120分。元のTVシリーズから分離したオリジナルの物語を描いたアニメ映画としては、異色の長さである。公開日が近かった劇場版『からかい上手の高木さん』(73分)、『ドラゴンボール超 スーパーヒーロー』(99分)などと比べると、その長さがわかると思う。

 リン役の東山奈央はインタビューで次のように語っている。「今回“劇場版”『ゆるキャン△』ではなく、“映画”『ゆるキャン△』と銘打っているのは、TVシリーズを観ていないと楽しめない劇場版ではなく、映画単体の作品として楽しんでもらいたいという願いが込められていて」(※1)

 キャンプの魅力、キャラクターの魅力、ロケーションの魅力、グルメの魅力、ゆったりとした雰囲気の魅力などが折り重なってできているのが『ゆるキャン△』だが、映画『ゆるキャン△』はそれらの要素を余さず盛り込みながら、その先にある物語の魅力を追求していた。起伏のある物語を通して描かれる登場人物たちの成長や変化、挫折などは、これまでのファンの心を波立たせるものなのかもしれない。だけど、予定調和に終わらず、心にまで踏み込んでくるサムシングこそが映画の魅力であり、もしそうなったとしたら“映画”をあえて名乗った映画『ゆるキャン△』のチャレンジは成功しているのだろう。

参考

※1. https://animeanime.jp/article/2022/06/29/70476.html

■公開情報
映画『ゆるキャン△』
全国公開中
キャスト:花守ゆみり、東山奈央、原紗友里、豊崎愛生、高橋李依
原作:あfろ(芳文社『COMIC FUZ』掲載)
監督:京極義昭
脚本:田中仁、伊藤睦美
キャラクターデザイン:佐々木睦美
オープニングテーマ:亜咲花「Sun Is Coming Up」
エンディングテーマ:佐々木恵梨「ミモザ」
アニメーション制作:C-Station
配給:松竹
(c)あfろ・芳文社/野外活動委員会
公式サイト:https://yurucamp.jp/
公式Twitter:@yurucamp_anime

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