庵野秀明の自己言及として読み解く『シン・ウルトラマン』 キーワードは“ブリコラージュ”

『シン・ウルトラマン』庵野秀明の自己言及

 リアルサウンド映画部のオリジナルPodcast番組『シーンの今がわかる!アニメ定点観測』が配信中だ。映画ライターの杉本穂高と批評家・跡見学園女子大学文学部准教授の渡邉大輔が対談しながら、話題のアニメ・特撮作品を解説していく。

 今回取り上げた作品は『シン・ウルトラマン』。『シン・ゴジラ』『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を手がけ、本作の企画・脚本を務めた庵野秀明について掘り下げた。今回はその対談の模様の一部を書き起こし。続きはPodcastで楽しんでほしい。(編集部)

3DCGで再現された特撮のニュアンス

杉本穂高(以下、杉本):今回はアニメ的な想像力が関わっている作品として、絶賛公開中の特撮映画『シン・ウルトラマン』について話したいと思います。総監修、脚本、編集は『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の庵野秀明さん、監督は樋口真嗣さんです。本作品は、初代ウルトラマンのリブート的な体裁で、現代にオリジナルのウルトラマンの魅力を蘇らせようという企画だと思いますが、渡邉さんはご覧になっていかがでしたか。

渡邉大輔(以下、渡邉):僕は『シン・ゴジラ』と『シン・エヴァンゲリオン劇場版』を楽しんだし、庵野さん世代でもあるので非常に楽しみにしてみましたが、パッケージングされた一本の映画としては唖然とするくらい畳み掛けるようにどんどんシーンが進行していってしまい、あっという間に終わってしまった印象です。だからあまりカタルシスは感じられなかったですね。批評、興行ともに非常に高い評価を得た2016年の『シン・ゴジラ』は元ネタである『ゴジラ』がパッケージの映画作品だったので、脚本を再構成する際にパロディやリミックスするのも楽だったと思いますが、初代ウルトラマンは連続テレビシリーズなので、ザラブ星人やメフィラス星人、ゼットンなどの初代ウルトラマンのエピソードを詰め込みすぎた結果、細部の人間ドラマやエピソード間の辻褄がちょっと弱くなってしまった感じがあります。

杉本:総集編っぽくて物語的なカタルシスが不足しているというのは僕も同意見です。ただ、その一方で特撮作品としての魅力は、存分に伝わってきたと思います。本作品では、ウルトラマンも怪獣も、着ぐるみやミニチュアのセットではなく全てCG空間で作っていますが、その最新技術でいかに昔の特撮っぽいニュアンスを再現するかにチャレンジしていますよね。ウルトラマンの体表もCGでできた綺麗な銀色なんですが、ちょっとシワみたいなものがあるんですよ(笑)。怪獣も作り物っぽさを残していて、生々しい生物としての質感とは異なる方向性を目指しているように感じます。特撮は昔からリアリティを追求し、技術を開発しながら映像を作っていましたが、予算や技術などの色々な要素が重なって偶発的に生じた、リアルとは違う魅力みたいなものが宿っていたんですよね。本作品では、本来はリアリティを追求するための技術である3DCGを使って、その魅力を再現している。それがすごく面白いなと感じました。そういった意味では、これまで庵野さんが手掛けてきた『シン・エヴァンゲリオン劇場版』や『シン・ゴジラ』の延長線上にある作品だと思います。

渡邉:ロボット工学や感性工学の分野で“不気味の谷”問題とよく言われますが、今は、“不気味の谷”を越えて人間と見間違うぐらいのCGの映像が作れてしまう。そんな時代に、昔の着ぐるみの質感を意図的に作るというねじれたリアリティは非常に面白いですね。

杉本:庵野さんは、実はすごく昔からその特撮っぽさを追求し続けています。CGを本格的に使い始めた『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』で、エヴァに破壊された街で車などが浮き上がるシーンがあるんですけど、CGはちょっと軽い印象なんです。でも「それがミニチュアっぽくて良い」と庵野さんはCGディレクターの方たちに指示を出していました。本来のCGクリエイターなら、より生々しいリアルな質感を求めるんですが、庵野さんは方向性がちょっと違っている。テレビシリーズの『エヴァンゲリオン』でも、随所に特撮感覚が見られます。

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