ガンダム作品として大傑作『ククルス・ドアンの島』 近作でも群を抜くアクションと人情劇

『ククルス・ドアンの島』光る剣戟と人情劇

 長編映画化の報せを聞いた時は驚いた。『機動戦士ガンダム』第15話「ククルス・ドアンの島」は物語の本筋に絡まない、1話完結のサブプロットであり、1年間に渡ってシリーズを続けなくてはならないTVアニメにおける所謂“捨て回”だった。外注された作画の仕上がりは、その後「ククルス・ドアンの島」=作画崩壊と半ばネタ化し、特段ガンダムファンがこぞって語るようなエピソードではない。しかし、そんなサブプロットにこそ“刺さる”話が多いのもまた『ガンダム』である。無人島に降り立ったアムロは、そこで素手で闘う1機のザクと遭遇する。パイロットの名はククルス・ドアン。ジオン軍の脱走兵である彼は連邦、ジオンを問わず、通りかかる者を撃退していた。彼は自らが戦火に追いやってしまった子どもたちを引き取り、この島で一緒に暮らしていたのだ。やがて共に危機を乗り越えたアムロは「あなたに遺った戦争の匂いを消します」とザクを大海に放り投げる……。それは戦後間もない1979年だからこそ描き得た、戦争が個人に課す代償の物語だった。一部のファンはこれを強く支持したのである。

 本作はこのTVシリーズ第15話のリメイクであり、監督の安彦良和が手掛けてきた『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の設定や作風に準拠しているものの、概ね同様の展開を辿る。優れた作品とは時代と呼応するものである。ドアンが守る子供の数は3人から20人へと増え、彼らの愛らしい表情と戦闘の緊迫が戦時下の現在を観客に強く意識させる。ドアンらと共に島での生活を送るアムロもまた15歳の少年に過ぎず、古谷徹という偉大な声優は60歳を過ぎてアニメ史に残るアイコンにこれまでなかった“あどけなさ”を込めた。アムロも本来守られるべき子供であり、ドアンはアムロが戦場でめぐりあってきた数々の“父”の1人なのだ。

『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』

 TVシリーズ版と異なり、安彦による『ガンダム』には朗らかなヒューマニズムがある。ホワイトベースのクルーから、果ては悪役マ・クベに至るまで、そのタッチは温かく、人物の躍動と表情の豊かさ、作品全体を包むユーモアは総作画監督を務めるジブリ出身、田村篤の功績も大きいだろう。人がいるところに営みがあり、人の手によって引き起こされた戦争が人の命や生活を脅かす。『ガンダム』の本質は戦火のヒューマンドラマであることを改めて思い知らされた。

 そして『ガンダム』のもう1つの魅力が剣戟である。ガンダム対ランバ・ラルのグフ、ガンダム対シャアのゲルググなど、『機動戦士ガンダム』にはモビルスーツ同士の鍔迫り合いによる名勝負が多い。本作では開始早々にビームライフルを封じ、チャンバラに特化したアクション演出が近年のガンダムシリーズでも群を抜く。かつて作画崩壊によって鼻が長くなった通称“ドアンザク”はデザインをそのままに、ヒートホーク1本で戦う異貌は主役としての個性となった。彼をつけ狙うサザンクロス隊の高機動型ザクがアクションの活劇性を高め、ホバー走行で走り回る姿はすこぶる格好いい。劇場の帰り道にプラモデルを買いたくなるのだから、ロボットアニメとして正解だ(発売求む)。迷彩カラーの高機動型ザクはさながら山賊であり、これに二刀流のガンダムが立ち向かう様はまさに時代劇。オリジナル版のテーマ曲が鳴り響く展開に大興奮してしまった(『トップガン マーヴェリック』『オビ=ワン・ケノービ』といい、僕らは40年間ずっと同じものを見続けているのか!)。

『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』

 ククルス・ドアンの島を出たアムロの行き先は、奇しくもウクライナはオデッサである。『機動戦士ガンダム』第25話、前半のハイライトとなる「オデッサの激戦」だ。追い詰められたジオン軍司令マ・クベは水爆ミサイルのスイッチを押すも、アムロの駆るガンダムが弾頭部分を切断し、これを阻止する。本作ではこのシークエンスがひと足早く再現されている。ミサイルを止めるのはモビルスーツではなくドアンその人だ。戦争が人によって始められ、人の生活と命を奪うなら、戦争を止められるのはガンダムという兵器ではなく、人の手なのである。

■公開情報
『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』
全国公開中
企画・制作:サンライズ
原作:矢立肇、富野由悠季
監督:安彦良和
副監督:イムガヒ
脚本:根元歳三
キャラクターデザイン:安彦良和、田村篤、ことぶきつかさ
メカニカルデザイン:大河原邦男、カトキハジメ、山根公利
総作画監督:田村篤
美術監督:金子雄司
色彩設計:安部なぎさ
撮影監督:葛山剛士、飯島亮
3D演出:森田修平
3Dディレクター:安部保仁
編集:新居和弘
音響監督:藤野貞義
音楽:服部隆之
製作:バンダイナムコフィルムワークス
主題歌:森口博子「Ubugoe」(キングレコード)
配給:松竹ODS事業室
(c)創通・サンライズ
公式サイト:https://g-doan.net/

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