『ククルス・ドアンの島』はなぜ映画として蘇ったのか 安彦良和監督に制作の裏側を聞く

安彦良和監督に聞く『ククルス・ドアン』

 映画『機動戦士ガンダム ククルス・ドアンの島』が6月3日に封切られた。本作はTVアニメ『機動戦士ガンダム』の1エピソードを、新たな装いと最新技術を駆使して映画化したもの。監督を務める安彦良和はTVアニメ版のメインスタッフだが、1990年代にアニメ制作の現場を離れ、漫画の世界に足場を移している。漫画家としての安彦はガンダムのコミカライズ作品『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』(角川書店)を10年にわたって雑誌連載し、アニメ化された際には総監督として久々にアニメ業界に復帰した。

 『ククルス・ドアンの島』は、『機動戦士ガンダムIII めぐりあい宇宙編』(1982年)以来、40年ぶりのガンダム新作映画とされている(劇場公開された『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』は、OVAのイベント上映という扱い)。今回は安彦良和監督にTVアニメと映画の違いや、制作現場のこと、キャラクターのことなどをたっぷりと語ってもらった。(のざわよしのり)※取材は3月某日に実施

総監督ではなく、“監督”だからできたこと

安彦良和監督

――かつての劇場版『機動戦士ガンダム』三部作や、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』 の漫画からもこぼれ落ちていた第15話「ククルス・ドアンの島」を、なぜいま語りなおそうと思ったのですか?

安彦良和(以下、安彦):テレビアニメのあれは「捨て回」だったんです。関わってくれたスタッフには大変申し訳ないけれど、最初から外部に丸投げという扱いを運命づけられた回だったんですね。タイトなTVアニメの制作スケジュールの中で、どれだけ手を抜くかというのは、あの当時の業界のお約束だったわけです。だから劇場版3部作の時も、(この話を)どうしようかという検討にすらなってない。ただ、ゲストキャラクターを作るために僕は絵コンテを読んで良いお話だなと思っていたので、ずっと気になってはいたんです。里子に出したまま放ったらかしにしちゃった可哀想な子だなと思っていました。それをふとした瞬間偶然に思い出して、サンライズの社長さんに映画でこれをやりたいと相談したら、即OKをいただけたと、そういうわけです。

――改めてTVアニメの第15話を見直したのですが、少々作画が粗いというか……。

安彦:いやもう、PCで“作画崩壊”と検索すると、この回が出てくるぐらいの代名詞になっていますよね。僕は未だにどういう方々が参加されたのかよく分からない回なんです。作画は海外に発注したという話も聞いたことがあるんですが、スタッフクレジットを見ると日本人の名前ですしね。

――ここで制作現場のことについて少々伺います。安彦さんの肩書は、OVAの『THE ORIGIN』では総監督で、今回の映画『ククルス・ドアンの島』では監督になっています。総監督の『THE ORIGIN』と、監督の『ククルス・ドアンの島』では、作品への関わり方がどう違っているのかを教えていただけますか。

安彦:総監督っていうのは、まず監督がいて、その上に人が立たなきゃいけない事情がある時に、さらに偉いよという意味で名付けるんです。『THE ORIGIN』ではアニメ監督として既に実績がある、ベテランの今西隆志さんが監督と決まっていましたが、その上で今西さんにあれこれ言える立場が僕だったので、総監督となった。偉そうな肩書は嫌だと言ったんですが、監督は別にちゃんといるわけですから、やむを得ず総監督の立場になってしまいました。『THE ORIGIN』の第4章の時に今西さんが現場を離れることになったので、第5章以降は総監督の“総”を取っちゃおうかと思ったのですが、結局最後まで肩書は変わりませんでした。僕はガンダム以前に『宇宙戦艦ヤマト』の仕事をやっていましたが、ヤマトには偉い立場の人が大勢いたんです。松本零士さんに舛田利雄さん、東映から勝間田具治さんも来ましたし、それに西崎義展さんもいるわけでしょ。なんだか大御所の人がいっぱいいた。そういうのを思い出すので、自分が偉そうな肩書を名乗るのは嫌だったんですが、そこへ行くと今回の映画は、最初からシンプルに監督なので気が楽ですよ。

――『ククルス・ドアンの島』には監督としてどんなふうに関わっているのでしょうか?

安彦:僕はもともとアニメーターなので、空白期間も長いけど絵のことは分かるぞという自負があるのでね、絵コンテを描いて演出をして、作画からアニメーション全般を見ています。分からないこともあるので、そういう部分は分かる人に任せようと。その分からないことの筆頭がCGです。これに関してはもう僕はお客さんみたいなものなので、詳しい人に見てもらっています。『THE ORIGIN』の時には非常に上手いメカ作監の人が第一原画を描いてくれて、それを僕がチェックしてからCGで仕上げるという分かりやすい工程でした。それが今度の映画は最初からCG班に全部お任せ! なので、いったい何が出来るやら(笑)と思っていました。

――スタッフは『THE ORIGIN』からスライドして参加されている方が多いですが、安彦さんと共同でキャラクターデザインに関わられている田村篤さんと、ことぶきつかささんのお仕事ぶりを教えて下さい。

安彦:ことぶきさんは『THE ORIGIN』の時に新しいキャラを沢山作っていただいたので、そちらを使用させていただいて、今度の映画での新規の作業量はそんなに多くなかったんじゃないかと思います。田村さんはキャラデザインから、総作監としての原画の直しまで、相当な量をこなしていただいています。ジブリで鍛えられてきた方なのでアニメーターとしての基礎が凄くしっかりしているんです。『THE ORIGIN』の頃は田村さんの作画机にガンプラが置いてあったんですよ。ジブリから来た人がガンプラ飾って仕事しているのはいいのか!? って思っていたけど(笑)、大のガンダムファンだというのが分かりまして、今回は早い段階で総作監として入ってもらうことに決まりました。大変助かっています。

――ではそのキャラクターについて伺っていきたいと思います。TVアニメの『ククルス・ドアンの島』で、ドアンが保護している戦災孤児は4人しかいませんが、映画では20人になっていますね。大幅に子どもを増やしたのは、どんな狙いからですか?

安彦:それはもう、子どもの人数を増やさないとドラマにならないからですよ。昔のTV版で子どものキャラクターを作った時は、もっと(人数が)いたという記憶があったんですがね、見直してみたら4人しかいなかった。しかも小さい子は3人しかいない。びっくりしましたね、これじゃあ話にならないと。映画では最低でも20人は必要だと話したら、田村さんがアッという間に20人のキャラクターを作ってくれたんです。良い子ばかりですよ。NGなしで全部通りました。

――畑仕事や家畜の世話など、島の子どもたちが映画で活き活きと描かれているのが印象的です。

安彦:そう言っていただけるとありがたいです。アニメーションでは子どもをどう描くのかが難しいんです。特に日本映画は子どもの描き方が下手だとずっと思っていたので、その辺はかなり気を付けたつもりです。声も本職の声優ではなくて、子役を使おうと思いました。可能な限りキャラと年齢設定の近い子……5~6歳の幼稚園児ぐらいの子もいますけどね。音響監督さんが苦労するかなと思ったけど、子役さんたちは結構楽しくやってくれましたよ。非常に良いです。

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