『私ときどきレッサーパンダ』は時代を変革する 映画史上に残る重要作品となった理由
本作のあらゆる表現における力強さの背景には、これまでそれがなかなか実現できなかったというフラストレーションもあるだろう。女性アニメーターのクリステン・レスターが手がけた、ピクサーの短編『心をつむいで』(2018年)が描いていたように、男性が中心となっている業界のなかでは、女性が肩身の狭い思いをしないために、男性の価値観を受け入れ、“名誉男性”のような振る舞いを強いられる場合もある。男性の思考や趣向に無理に合わせることで、その才能は制限されるのではないか。
今回のように、女性にとって風通しの良い環境が達成されたことで、こんなにも自由で魅力的な表現が達成できるというのは、素晴らしい驚きである。それは『キャプテン・マーベル』(2019年)の主人公が、強大な力を持ちながらも、周囲の状況や先入観によって、力を抑制されていた表現にも通じるのではないか。小さな頃から母親に物語を作る喜びを学び、父親から絵画のレッスンを受けたという、才能のかたまりであるかのようなドミー・シー監督が、自分の力を最大限に活かすことのできる環境を、ついに手に入れる……その状態は、まさにキャプテン・マーベルのように、ほとんど“無敵”である。
ドミー・シーが今後、正当な評価を受けて、才能を制限なく活かしていく状況が整えられれば、アメリカのトップといえるアニメーション監督ブラッド・バードや、彼女がリスペクトする宮崎駿監督にも匹敵する存在になれるはずである。これら現役の世界的なアニメーション監督たちに並び、乗り越えることになるかもしれない有力な新鋭が誕生したことになる。
本作のような決定的な作品を長年待ち続け、アニメーション作品について厳しいことも書いてきた筆者が、このように手放しで絶賛できる傑作に出会い、評を手がける機会に恵まれたことは、無上の喜びである。ドミー・シー監督が、いつまでも“レッサーパンダ”でいられれば、そして本作に影響を受けた新たな“赤きパンダ”たちが、アニメーション業界や映画界、それ以外の分野にも溢れていけば、新たな時代が訪れることになるだろう。そしてその先に、女性が女性であることを意識することが、誰にとっても幸せだと感じられる社会が実現されれば、いうことはない。
それだけに、本作にもともとあったという同性愛の描写について、親会社であるディズニーが、フロリダ州における子どもを性的指向の議論から遠ざける法案に対応するかたちで、カットを命じたことは残念だ。本作のスタッフに同性のパートナーと生活している者がいることから、この表現もまた当事者による心のさけびであったはずであり、だからこそ、この事実はピクサー内部の告発によって明らかになったのである。
同じように同性愛の表現があることから、『エターナルズ』(2021年)が、複数の国で上映禁止となってしまったように、この問題はアメリカだけにとどまらない。表現の自由の尊重や、多くの人が住みやすい社会を作っていくためにも、女性の生き方の問題同様、この点についても陽の当たるところでフォーカスされることが重要であり、引き続き活発に議論されていくべきだろう。
■配信情報
『私ときどきレッサーパンダ』
ディズニープラスにて独占配信中
監督:ドミー・シー
製作:リンジー・コリンズ
日本版声優:佐竹桃華、木村佳乃ほか
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
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