ピクサーならではの見事な脚本 『あの夏のルカ』が見出した二つの成長のかたち

『あの夏のルカ』のメッセージを考察

 青い海と空、降り注ぐ陽光。ひと夏の子どもたちの成長と友情を、1950年代、北イタリアの港町の風情のなかで郷愁とともに描いた、ピクサー・アニメーション・スタジオの『あの夏のルカ』は、夏にぴったりの美しいアニメーション映画だ。

 本作が特徴的なのは、小さな港町の人々から「シー・モンスター(海の怪物)」として恐れられ、命を狙われている伝説の生物が主人公であること。その生物は、海の中では半魚人のような見た目をしているが、陸に上がり身体が乾くと人間の姿に変化する。そんな生物として、海中で家族と住んでいる少年ルカは、陸の上の世界を見てみたいという湧き上がる好奇心を抑えられず、小さな島に暮らしているシー・モンスター仲間で、親友の少年アルベルトとともに、人間のふりをして港町へやってくる。

 人間の生み出した様々な文化に触れる驚き、「変わり者」と呼ばれている少女ジュリアや、嫌味な不良少年エルコレとの出会い、オートバイを手に入れるために町の子どもたちが参加するトライアスロン・レースに挑んだりなど、ルカは夏の日々のなかで、かけがえのない経験を得ていく。ここでは、そんな日々をアニメーションとして表現した本作が示そうとしたメッセージを、できるだけ深く考察していきたい。

 怪物を主人公にしている本作は、一見すると突飛な内容にも思えるが、物語が進むに連れて、多くの人々が体験する、世界とのつながりを持つ過程を描いていることが分かってくる。これまで棲み家の周辺でしか行動せず、親の言いつけを守る“良い子”として、ほとんど家族や親戚としか交流してこなかったルカは、自由な生き方を楽しんでいるアントニオをはじめ、多くの存在と出会い、異なる考え方を学ぶ。それは、多くの国において幼児期から学生の間に人間が通り抜ける普遍的な経験である。そこで感じる驚きや喜びは、大人の観客にとっては、かつての郷愁であり、子どもの観客にとっては、いままさに体験しているものだ。

 そう考えると、多くの人が通る道を表現する『あの夏のルカ』は、一貫して、われわれ観客の身近な出来事や、人生にかかわる問題を描いてきた、いかにもピクサーらしいテーマを扱った作品といえる。

 本作で長編作品を初めて監督したのは、エンリコ・カサローザ。彼は実際に、劇中でジュリアの学校があるとされる都市、ジェノヴァの出身なのだという。ピクサーのスタッフは多様な人種やルーツを持った人材が多く、これまでも短編作品において、中心となるスタッフの文化的背景を描いた内容が見られた。作品がそういう方向性になるのは、作り手の実感がこもったパーソナルなものを提供したいという、スタジオの信念からきていると考えられる。

 舞台となった架空の港町「ポルト・ロッソ」は、ジェノヴァと同じ北イタリアにあるという設定。そのカラフルな町の姿は、観光地となっているジェノヴァの中の古い村「ボッカダッセ」を想起させる。そして、ジェノヴァを含むリグーリア州の郷土料理である「ジェノヴェーゼ」のソースをかけたパスタ料理「トレネッテ・アル・ペスト」も、子どもたちの大好物として登場する。このように、現地の文化が織り交ぜられた世界観は、作品の味わいを豊かにすることに貢献しているのだ。

 さらにそこに、「Vespa」の2人乗りやジェラートなど、アメリカでイタリアのロマンティックなイメージを1950年代に確立させた『ローマの休日』(1953年)の要素を加えているのも興味深い。これは、本作があくまでアメリカ映画であることを意識させる要素だ。

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