『鹿の王 ユナと約束の旅』に存在する“弱点”と“収穫” 『もののけ姫』との違いは?

『鹿の王』に感じた“弱点”と“収穫”

 しかし、本作には重大な弱点も存在する。それは、娯楽性に欠けるということである。たしかに、リアルなキャラクターたちを破綻のない安定したアニメーションで表現し、繊細な演技をさせていること自体は、それだけで驚嘆に値するものといえよう。とはいえ、そのような部分への感心以外に、観客を笑わせたり興奮させたり、手に汗握らせるような、映画作品として一般的な観客を魅了する要素が、本作には意外なほど少ないのだ。

鹿の王 ユナと約束の旅

 それを象徴しているのが、冒頭で主人公のヴァンが災害を生き残り、岩塩鉱の中から梯子を使って地上に出ようとするシーンである。自分とユナ以外の人々は死に絶えて死屍累々の状態。梯子の安全性を確かめようと揺すると、梯子に引っかかっていた死体が上から落ちてくる。この酸鼻な状況を、この場面では日常的な表現と同列なものとして扱っている。つまり、死と日常が隣り合わせにあるという演出なのだ。

 しかし、だとしても死体が上から降ってくるという事態は、非常にショッキングなものだ。やろうと思えば、このシーンをもっとドラマチックに描いたり、観客にスリルを与えたり、もしくはホラーのような趣向で震え上がらせることもできたはずだ。ヴァンがそのような事態に慣れているのなら、ユナにリアクションさせればよいのではないだろうか。ここでケレン味無しに惨状を映し出すという試みは、良く言えば抑制の効いた上品な姿勢だといえるが、このような抑制が、この後もほとんどのシーンに共通して繰り返されていくのである。ここまで突き放した視点でストーリーを描いてしまうと、登場人物たちと観客の間の心理的な距離は、なかなか縮まることがないように思える。

 高畑勲監督もまた、TVアニメ『赤毛のアン』で、丹念に人間の生活を描写していた。しかし、一方で主人公アンは、ファンタジックな空想をするキャラクターだ。彼女の、地に足がついていないようなキラキラとしたイマジネーションを投影したシーンがあってこそ、地味なシーンもまた活きてくるのである。そう考えると、本作はファンタジー作品にもかかわらず、全体が平板で抑揚に欠けている印象がある。

鹿の王 ユナと約束の旅

 また、一騎当千の力を持っているはずのヴァンの戦闘シーンが、スリルや興奮を持って描写されないのも残念。『もののけ姫』では、アシタカの超人的な刀、弓さばきを含め、アクションの見せ場がふんだんにあったはずだ。これもまた、抑制的にリアリティをもって演出されることで、観客にインパクトを与えるまでに至らない。

 また、人間の歯のように見える石窟のような場所や、背骨のように見える岩が連なった地形など、面白いロケーションがいくつか背景として作中に登場しているものの、それを見せることで何を観客に感じてほしいのか、意図が明瞭に伝わってこないという問題もある。ここでは表現が、リアリティとファンタジーの間の中途半端な領域で、着地を見失っているようである。唯一のギャグといえる、コワモテのキャラクターの顔に注目させる場面も、それほど面白いビジュアルになっているとはいえず、不発に終わっている。結局は絵なのだから、ギャグシーンくらいは逸脱する融通を利かせてもいいのではないか。

鹿の王 ユナと約束の旅

 では、本作をアート作品として考えればよいのかというと、それも疑問だ。以前、「色彩とジブリ作品の関係性とは? 三鷹の森ジブリ美術館「映画を塗る仕事」展を小野寺系がレポート」でも述べたように、宮崎駿は、自分のこれまでの作品のビジュアルに、決して満足しない監督である。日本のアニメーションが表現するキャラクターは、製作手法の都合上、均質な色で塗られた二次元的なものでなくてはならなかった。このように、絵画のような立体的表現がアニメーションで再現できないことに、宮崎はアーティストとしての課題や、ある種のコンプレックスを持っていたということが、展示によって理解できる。それは表現者として、むしろ健康的な悩みであるといえるかもしれない。

 だからこそ宮崎監督は、作品を娯楽として成立させるのみならず、演出やストーリーなどにおいて、アニメーションの作画そのものとは別の魅力を作品に貪欲にとり込むことによって、“総合的”な力でアートの領域まで自作の可能性を高めることができたといえるのではないか。その厳しさや妥協への葛藤に比べると、通俗的な演出やエモーショナルな表現をかなりの部分で排しながら、作画の魅力を追求した本作の姿勢は、楽観的すぎるように感じられるのだ。日本の商業的なアニメーション作画とは、そもそも娯楽的な演出との親和性を高めるべく洗練されてきたものである。その足場においてストイックな作画で勝負しようとするアプローチは、安藤監督らしいとはいえ、かなり無謀な試みだったように思える。

鹿の王 ユナと約束の旅

 しかし、一種の実験として本作を見れば、多くの収穫があったのではないだろうか。作中にもっとユーモアをとり入れたり、スペクタクルシーンを作ったり、登場人物たちに感情移入させるような仕掛けを導入することで、本作の潜在的な魅力は自然と花開くはずである。そして、共通した要素を持つ『もののけ姫』との違いや、まったく対照的なアプローチといえる『鬼滅の刃』などの作品と比べることで、娯楽作品として、もしくはアート作品として、アニメーション映画がどうあれば良いのか、その様々なヒントが本作から得られるのではないか。そう思えるのは、本作が丁寧で実直な姿勢で、理想を追って作られた本気の作品であるがゆえである。

■公開情報
『鹿の王 ユナと約束の旅』
公開中
声の出演:堤真一、竹内涼真、杏、木村日翠、安原義人、桜井トオル、藤真秀、中博史、玄田哲章、西村知道
原作:上橋菜穂子『鹿の王』(角川文庫・角川つばさ文庫/KADOKAWA刊)
監督:安藤雅司、宮地昌幸
脚本:岸本卓
キャラクターデザイン・作画監督:安藤雅司
コンセプトビジュアル:品川宏樹
美術監督:大野広司
色彩設計:橋本賢
撮影監督:田中宏侍
音響監督:菊田浩巳
音楽:富貴晴美
アニメーション制作:Production I.G
配給:東宝
(c)2021「鹿の王」製作委員会
公式サイト:https://shikanoou-movie.jp/
公式Twitter:https://twitter.com/shikanoou_movie

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