『カムカム』上白石萌音、絶望を体現した圧倒的なワンシーン 深津絵里へ繋いだバトン

『カムカム』上白石萌音が体現した絶望の表情

 かつて、こんな悲劇に耐え得る女優がいただろうか。

 『カムカムエヴリバディ』(NHK総合)第38話。最初のヒロイン・安子(上白石萌音)の物語はまさに救いのないラストを迎えた。

 安子の中で芽生えたロバート(村雨辰剛)への思いを悟った勇(村上虹郎)がヤケを起こし、自身に好意を寄せる雪衣(岡田結実)と一夜を共に。さらには、たちばな再建をきっかけに彼女との結婚を夢見ていた算太(濱田岳)が失踪……。まるで玉突き事故のように誰かの哀しみが、また誰かの哀しみへと連鎖していった。

 算太を探しに行った大阪で倒れた安子が熱にうなされ、夢の中で聴いたのは「Come, Come, Everybody」。それは安子にとって、娘のるい(古川凛)や亡き夫・稔(松村北斗)との絆を結ぶ、“幸せの象徴”のような曲だった。しかし、今やその音色は不吉な予感を漂わせる。

 一日中眠り続けていた安子はるいの入学式に間に合わないことを知り、ロバートにこぼす。「私はただ、当たり前の暮らしがしたいだけなのに」と。その思いは、確かにるいと共有していた。しかし、振り返ってみれば、2人が岡山に帰ってきた時から歯車は狂い始めていたのかもしれない。誰もがるいのために行動した結果、一番肝心な本人の願いを蔑ろにした。母親である安子のそばにいたいという、ささやかな願いだ。

 安子編の終盤は、深津絵里が演じることになるヒロイン・るいの物語への円滑な導入だったのかもしれない。安子からるいへと、次第に感情移入する対象が変わっていった。ここからここまでと明示される間もなく、はっと気づけばヒロインが交代している自然な流れに脚本家・藤本有紀の巧妙さを感じる。

 しかしながら、上白石萌音だけは最後まで、安子に次々と訪れる悲劇を一身に受け止めていた。

 戦争から無事に帰ってきた兄と「たちばな」を立て直し、るいとは共に英語を学び続けるーー。安子は無意識に自身が一番幸せだった時期を再現して、るいにも味わわせてあげようとしていたのだろう。だが、その夢は数日の出来事によってはかなく潰えた。憔悴しきった安子を見ていられず、ロバートは彼女を抱きしめ、愛の言葉を囁く。

 「るいが私の幸せです」。そうはっきりとロバートからのアメリカ行きの誘いを断った安子の瞳は、まだ娘との幸せな未来を見つめていた。それなのに、安子はその唯一の希望からも見放されることになる。安子を追って大阪に来たるいが、ロバートとの抱擁を目撃していたのだ。そこにもっと幼い頃にかけられた雪衣からの言葉や、これから母親と離れて暮らすことへの不安が重なり、るいは安子から見放されたと思い込む。

 そんな彼女から安子が告げられたのは、「I hate you」という最大限の拒絶の言葉。安子の大きな瞳から、途端に希望の光が失われていくのがわかる。感情を表す全ての言葉が意味をなさず、絶望から自分を守るため一瞬にして無に徹した安子の表情を前に途方に暮れた。それほどまでに、あの数秒のワンシーンは凄まじかった。

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