『最愛』しおりの瞳が潤んだ理由 間に合わなかった「逃げても何も変わらない」の救い

『最愛』しおりの瞳を潤ませた涙の理由

 わかっていた。梨央(吉高由里子)と優(高橋文哉)の姉弟が、仲睦まじく暮らし始めたことは、きっと“嵐の前の静けさ“なのだと。刑事でありながら事件の重要参考人である2人に同情しすぎた大輝(松下洸平)は、所轄の生活安全課へ異動することになってしまったが、そんな処分でさえ3人で食卓を囲み、思い出の味である牛丼を頬張る上で必要なことだと思えた光景だった。

 もし悪夢のような事件がなかったとしたらこんな世界が続いていたのではないかと想像させるくらい、その時間は暖かく穏やかで微笑ましいものだった。“この幸せな時間がずっと続いてほしい”そう願うほど、このあとにとてつもない嵐が起こるのではないか……と身構えざるを得ない。そうして覚悟していたにもかかわらず、やはりラストは声を出さずにいられない衝撃が待っていた。

 金曜ドラマ『最愛』(TBS系)第7話。フリーライターの橘しおり(田中みな実)の遺体が発見された。15年前、渡辺康介(朝井大智)に性的暴行を受け、被害者として唯一告訴していたしおり。ミステリアスな彼女の“最愛”は、もしかしたら康介にすべてを壊される前の自分自身だったのかもしれない。あのころの自分を守るかのように、“罪を犯した人間がしかるべき報いを受ける世界”を、執拗に追い求めたのではないだろうか。

 告訴しても、康介の父親・昭(酒向芳)ただ1人からさえも謝罪されることはなかった。そう梨央に語ったしおりの瞳をうるませたのは、何の涙だったのだろう。強者ばかりが甘い汁を吸い続ける不公平で理不尽な世界を憂いたのだろうか。おとなしい弱者でいては、誰も自分のことを守ってくれない。ならば罪を暴く側に回ろうと、したたかなフリーライターとして歩んできた自分の人生を嘆いたのだろうか。それとも、ようやく誰かが自分の言葉に耳を傾けてくれたという安堵に近いものだったのだろうか。

 15年前、あの合宿所では、誰が康介に狙われてもおかしくなかった。実際には梨央も被害を受けた1人ではあるものの、しおりはその真相までたどり着いてはいなかったのだろう。みじめな生活を強いられることになったしおりにとっては、真田グループの若手社長として輝かしい日々を送る梨央に、不平等さを感じてしまったとしても仕方のないことだった。
それだけ華々しくセレブの階段を駆け上がったということは、それなりの甘い汁を吸っているはず。あのときあの場所に同じように無垢な少女でいた2人に、これほどの差がつくには何か理由があるはず、と。そうでなければ、あのころのしおりを納得させられないと思ったのかもしれない。

 だが、その強い執念は真田グループを“最愛”とする専務の後藤(及川光博)との衝突を招くことになる。嗅ぎ回るしおりと、金をばら撒き口止めを図る後藤。お互いに守りたいものが相反するしおりと後藤の行き着く先は、どちらかが最愛のものを手放すまで追い詰め合うデスマッチだ。では、しおりをビルの上から突き落としたのは後藤なのだろうか。

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