スピルバーグの演出から思想まで 『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』の見どころを解説
本作でインディたちを追うことで、聖杯のありかを突き止め、その奇跡の力を悪用しようとするのが、インディの宿敵でもあるナチス・ドイツだ。この物語設定は、アドルフ・ヒトラーが聖杯を狙っていたという風説が基になったものだろう。
印象深いのは、ナチスが書物を大量に火にくべる「焚書」のシーンだ。その行いを目の当たりにしたヘンリーは、ナチスの将校に対して「本を読むのではなく、燃やすような奴らがいるから、この世の中は良くならん」と、怒りを表す。ナチスドイツの焚書は、政権に不利になり得る書物を燃やすことで、自らの正当性を強固なものにしようとするものだった。それは、知識をないがしろにし、歴史を自分たちの好きなように書き換えようとする行為である。
これはナチスのみではなく、宗教への盲信から重要な歴史的遺物を破壊する行動や、日本を含め世界でいまも蠢動する「歴史修正主義者」の振る舞い全体への批判でもある。その後『シンドラーのリスト』(1993年)で、ナチスドイツによるユダヤ人への残虐な蛮行を、あえて目を覆いたくなるようなリアリティで再現したスピルバーグは、都合の悪いものを隠蔽しようとする卑劣な態度に、ここでも怒りをにじませているのだ。
もし、事実を記した古い書物が失われてしまえば、世界の人々は、何度でも同じ間違いを繰り返し、不幸は何世代にもわたり続いてしまうことになる。ヘンリーの怒りは、考古学によって先人の生き方や、そこに込めた想いを研究し、そこから真理を学ぶ生き方をしてきたからこそのものである。
冒頭でインディは、教育者として学生たちに「真理」ではなく「事実」の大切さを講義し、ものごとを現代の目で俯瞰することを教えている。もちろん、研究においてそういった考え方は重要かもしれない。だが、劇中でインディが神を冒涜する言動をしたときに、放任主義をとってきたヘンリーが息子を珍しく叱りつけているシーンがあり、さらにクライマックスでそんな姿勢が再び否定されるように、歴史をただ現代の視点から眺めるだけではなく、当時の人々の価値観を謙虚な気持ちで学ぶ姿勢も大事なのだと、本作はヘンリーの考えと、インディの成長を通して表現している。
フランスの詩人、ポール・ヴァレリーに、「湖でボートを漕ぐように、人は後ろ向きで未来へと向かう」という詩作がある。古い時代の叡智は、謙虚な態度で教えを乞い、いまの生き方に活かしていくことで、真の価値を放つ。それが、『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』で、インディ親子がたどり着いた境地によって示される「真理」なのである。そして、遺物そのものよりも、そんな無形の真理に近づくことで、心をときめかせる過程にこそ、ヘンリーが劇中で語る「輝き」が存在しているのだ。
『インディ・ジョーンズ』シリーズは、監督を『フォードvsフェラーリ』の名匠ジェームズ・マンゴールドにバトンタッチした、待望の5作目が、2022年の公開を目指し現在製作中である。製作陣には、スピルバーグやフランク・マーシャル、ジョン・ウィリアムズなど、1作目からのスタッフも参加している。本作の精神を下敷きに、“現在の『インディ・ジョーンズ』”はどんな内容になるのだろうか。非常に楽しみである。
■放送情報
『インディ・ジョーンズ/最後の聖戦』
日本テレビ系にて、10月1日(金)21:00~23:19放送
監督:スティーヴン・スピルバーグ
製作総指揮:ジョージ・ルーカス、フランク・マーシャル
製作:ロバート・ワッツ
原案:ジョージ・ルーカス、メノ・メイエス
脚本:ジェフリー・ボーム
音楽:ジョン・ウィリアムズ
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