『孤独のグルメ』は飲食業界へのエールそのもの “五郎限界説”を跳ね返す松重豊のパワー
深夜グルメドラマの金字塔、『孤独のグルメ Season9』(テレビ東京系)が始まった。2012年にスタートしてから9年。連続ドラマとしては約2年ぶりの放送となる。
『孤独のグルメ』が深夜ドラマに与えた影響ははかりしれない。数多あるグルメドラマはすべて『孤独のグルメ』の成功あってこそのものだし、主人公が自分の趣味に没頭するだけの“趣味ドラマ”も『孤独のグルメ』が端緒だった。なにより、若者向けの刺激的な作品が多かった深夜ドラマに、中高年層を引き込んだ功績は大きい。「週末の深夜、のんびりとした気持ちでグルメ(趣味)ドラマを観る」という視聴スタイルを生み出したのが『孤独のグルメ』という作品である。
主演はもちろん松重豊。井之頭五郎役といえば、この人をおいて他にいない。とはいえ、ここ数年は「五郎役を演じるのは、少し厳しいのでは?」と思ってしまうこともあった。
五郎は詳しい年齢設定はされていないが、原作ではたぶん40代ぐらいだろう。ソフトな雰囲気だが、実は偉丈夫で古武道の達人で、とにかくたくさん食べる。山盛りの定食に一品、二品追加して食べるのは当たり前。同じエピソードの中で、でっかいスイーツを食べることもあった。
ドラマがスタートした頃は40代後半だった松重も今は58歳。本当は頭髪が真っ白だとみんな知っているし、最初の頃と比べると、少し痩せたようにも見える。さらに40代から50代にかけては食べる量や食の好みも大きく変わるもの。前日から何も食べずに撮影に臨んでいる松重とはいえ、あれだけの量を食べるのはキツいんじゃないだろうか。
新しいシーズンのたびに発表される、松重のネガティブなコメントも恒例になった。今回は「老けました。もう痛々しいから辞めろという声が聞こえてきたら、辞める覚悟は出来ています」というもの。冗談なのだろうが、どこか冗談ではない響きも感じてしまう。
自分の中で“五郎限界説”が日に日に膨らんでいく。とはいえ、五郎を松重以外が演じるのも考えにくい。もはや『孤独のグルメ』の新シーズンが制作されるだけでもありがたいのではないか。1話ずつ大切に楽しもう……と思っていた。放送が始まる前までは。
しかし、Season9の1話(と前週に放送された特番)を観て、考えが変わった。とにかく松重豊の気迫を感じたのだ。自分が主役のドラマの撮影が始まるのだから気合が入っているのは当たり前だが、それ以上の何かを感じた。理由はコロナ禍である。
「大変な状況ですけれども、だからこそ、飲食店の皆様とともに、この番組はやって参りましたので、この状況下で、やる意味があるのではないかと思っていますので、最後までお付き合いよろしくお願いします」
これはSeason9撮入のときにスタッフの前で発した松重の挨拶。コロナ禍において、松重と原作者の久住昌之は積極的にメッセージを発信してきた。久住は今年1月に「俺の食に密はない。がんばれ、飲食業界。井之頭五郎」と五郎のイラスト付きでツイート(1月13日)。松重はインタビューで「コロナ禍の影響はこの先、まだまだ続くでしょう。このままでは世界に誇れる日本の食文化が消えてしまうのではないでしょうか」と危惧していた(引用:この国はどこへ コロナの時代に 「孤独のグルメ」主演、俳優の松重豊さん 五郎スタイルで楽しんで | 毎日新聞)。