批評家の間でも賛否両論 アメリカ建国の歴史描いた『アメリカ THE MOVIE』の真価を探る
カートゥーンネットワークで、大人のための「アダルトスイム」の枠が生まれることになった経緯の一つには、『レンとスティンピー』というTVアニメシリーズの存在がある。これは、子ども向けとして放送されているにもかかわらず、クリエイターの暴走によって、どんどん過激な内容になっていった作品だ。その暴走は、ついにそのエピソードの中で、アメリカ歴代大統領の中でも奴隷制廃止への貢献によって讃えられているエイブラハム・リンカーンを冒涜するまでに至った。
そのエピソードでは、主人公レンとスティンピーは、ワシントンD.Cに実在するリンカーン記念堂の守衛を任せられるが、像の頭部を破壊してしまう。それを誤魔化すためにいろいろと策を講じるものの、最終的にゴミ収集車用の大型のゴミ箱をリンカーン像の頭部に設置し、そのゴミに火がついて燃え続けるという、地獄のような光景が描かれたのだ。
ここではおそらく、リンカーンの思想に対する政治的な批判を込めたのではなく、単に不謹慎で過激な表現をしてやろうという意図に過ぎないのだろう。しかし、これはさすがにやり過ぎではないか。信じがたいことに、このエピソードは、いつものように子ども向けのアニメとして放送され、私もそれを日本のカートゥーンネットワークでリアルタイムに目撃して、あまりの内容に言葉を失ったことを覚えている。
『レンとスティンピー』は、さすがに放送局でも問題となり、人気シリーズとなりながら終了を迎えることになる。しかし、このようにタブーを破壊する願望が、アメリカの一部のクリエイターにくすぶっていたのは確かで、マット・トンプソンらは、この文化圏のなかで創作スタイルを醸成させていっただろうことは想像に難くない。「アダルトスイム」が生まれたのは、このような過激なクリエイターの表現を隔離して、子ども向け作品と明確にゾーン分けするという意味もあったはずである。
だが、本作がただ不謹慎なパロディーをやりたいというだけでないことは、劇中で「国歌」を歌うシーンによって理解できる。クライマックスのイギリス軍との戦いを控えて、ワシントンたちは心を一つにするため、心の拠り所となる国旗のデザインや国の歌を考案するという展開になる。そこでワシントンが有名な「星条旗」を歌い出すのかと思ったら、何を思ったか、2021年現在も活動している、南部のロックバンド、レーナード・スキナードの「フリー・バード」を口ずさみ始めるのだ。
レーナード・スキナードは、1960年代よりメンバーを刷新しながら継続しているが、アメリカでは人種差別の象徴ともなっている南軍旗を掲げたり、近年も政治的な態度が先鋭化していたバンドである。そして「フリー・バード」は、女性を置き去りにして一人旅に出ようとする男性の姿を、飛び立つ鳥に例えるといった内容で、無責任な男の行動を美化しているととらえることもできる歌詞となっている。映画『キングスマン』(2014年)でも、この歌がバイブルベルトの教会での差別的な人々の集会でのシーンで流れていたように、過激な政治思想の象徴として扱われている面があるのだ。
つまり、本作でのワシントンの戦いによって体現される“愛国精神”や、独立戦争をアメコミヒーローのような正義の戦いとして、実際よりも神聖視、英雄視して描かれる歴史観というのは、現在のアメリカで問題となっている、カルト的な“愛国精神”の暴走に重ねられているのである。
ジョー・バイデンが勝利した2020年の大統領選後、アメリカ国旗や南軍旗を振り回す集団が、ホワイトハウスを占拠して逮捕されるという事件が起きた。そんな彼らに影響を与えたのが「Qアノン」という陰謀論だとされている。でたらめな根拠で大統領選が大掛かりな不正選挙だと主張したり、民主党議員らが悪魔を崇拝して子どもを奴隷として取引きしているなど、その主張はあまりに荒唐無稽なものだったが、SNSや集会などで同じ意見の者たちが限定的な空間を作り、主張を正しいと言い合う環境が形成されることによって、少なくない人々がデマを信じ込み、“愛国者”を自称する人々がホワイトハウスに暴徒として乗り込むまでに至ったのだ。
本作『アメリカ THE MOVIE』は、この事件が起こる前から製作を続けていたはずだが、過激な陰謀論の信奉者や、人種や女性に対する差別を公言するような、社会に対して“無責任”な人々が増えた状況は、アメリカ社会を揺るがす問題となっていたのは確かだ。そんな空気のなかで本作のクリエイターは、皮肉で過激なコメディーという作風を、荒唐無稽な情報が乱れ飛ぶ不穏な時代を反映する手段として昇華させたのである。これはまさに、「アダルトスイム」に代表される過激で不謹慎なクリエイターにしかできない、社会に対するアプローチである。
アメリカ建国の経緯をむちゃくちゃな歴史認識で描く本作『アメリカ THE MOVIE』は、その意味で、過去の時代を扱った作品というより、むしろ歴史的な題材を利用することで、現在のアメリカの状況をそのまま見事に表現した作品だといえるのだ。本作は、このような視点で鑑賞することで、はじめて真価が分かるつくりになっているのである。
■配信情報
『アメリカ THE MOVIE』
Netflixにて配信中
America, The Motion Picture, LLC. (c)2021