『おかえりモネ』安達奈緒子の“時間”の描き方に息を呑む もどかしく愛おしい登場人物たち
「登米編」はいわば、百音の、前に進むための準備期間だった。第6週において、積極的治療を拒む田中(塚本晋也)に対して、菅波が「迷う時間を作るための治療」を提案したことや、第7週において、朝岡(西島秀俊)が気象ビジネスにおける「リードタイム」を「備えるための時間」つまり「大切なものを守る時間」であると語っていたことにも通じる。このドラマは、登場人物たちが次に行くための「迷う」時間、備えるための時間を何より大切にする。
菅波が田中に言ったように「本心なんてあってないようなもの」で、日々気持ちが揺らぐのは当然であり、寺を継ぐことを決めた三生(前田航基)が大学生活というモラトリアムを謳歌するのも、百音が定まらない思いを抱えて島を出て、登米で数年働き、上京する道を選ぶのも正しい。逆に亮や未知が、「島で海の仕事に従事すること一択」と心に決めているのも正しいのである。全ては「自分で決めた道」なのだから。
その決断の背景には、どうしても震災があって、そこを鑑みずに彼らの人生を見つめることはできない。だが、それと同時に、否応なく震災を背景に見つめられてしまう/語られてしまう彼らに対して、そこに偏り過ぎないようにする力もまた働いているような気がする。
「影が魅力だとか、不幸が色気だとか、そんな安っぽい価値観で汚さないで」「正しくて明るくてポジティブで前向きであることが魅力にならない世界なんてクソです」と、若かりし頃の耕治(内野聖陽)をかばって亜哉子(鈴木京香)が言った言葉は、そんな、人が勝手に当てはめようとする「物語」から登場人物たちを守ろうとする、このドラマ自体の思いであるように思う。
本作の登場人物たちは誰もが明るくて真っ直ぐで、真面目で、健全だ。共に生きてきた海であると共に、愛する人・ものを奪った海を揺らぐ思いで見つめながら、もしくは、林業の未来を憂いつつ、次の世代を気遣いながら、時に自身の意地に囚われたり、失った人のことを思い、立ち止まったりして、それでも一生懸命生きている。
第8週において、新次や亮の思いを受け止めた後、百音は、ただひたすら縄跳びをしていた。するしかなかった。自分にできることはまだこれしかないから。そのもどかしさが、真摯さが、どうにも愛おしい。遂に「私はこっち」という道を定めた百音は、東京でどんな人と出会っていくのだろう。そして、まるで、「熱伝導」のように、互いを想う「熱」が伝わってしまうのが怖くて触れ合うことができないかのようなもどかしい2人、菅波と百音の手が、いつかちゃんと触れ合う日が来るという望みもまだ、捨てきらなかったりする。
※塚本晋也の「塚」は旧字体が正式表記。
■藤原奈緒
1992年生まれ。大分県在住。学生時代の寺山修司研究がきっかけで、休日はテレビドラマに映画、本に溺れ、ライター業に勤しむ。日中は書店員。「映画芸術」などに寄稿。Twitter
■放送情報
NHK連続テレビ小説『おかえりモネ』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
※土曜は1週間を振り返り
出演:清原果耶、内野聖陽、鈴木京香、蒔田彩珠、藤竜也、竹下景子、夏木マリ、坂口健太郎、浜野謙太、でんでん、西島秀俊、永瀬廉、恒松祐里、前田航基、高田彪我、浅野忠信ほか
脚本:安達奈緒子
制作統括:吉永証、須崎岳
プロデューサー:上田明子
演出:一木正恵、梶原登城、桑野智宏、津田温子ほか
写真提供=NHK