テルヲは 『おちょやん』に何を残したのか 千代にとって“芝居”が意味するもの

テルヲは 『おちょやん』に何を残したのか 千代にとって“芝居”が意味するもの

 これは「解決」でも「落着」でもなく「一区切り」である。人間の感情なんて、仕切りのついた升目箱に一つずつ整然と収納できるものではない。いくつもの複雑な思いがぐしゃぐしゃに絡まったり、相反する感情が拮抗している。千代もぐしゃぐしゃの感情のまま、それでも「一区切り」を置いたのだ。

 私たちが生きるこの世の中がそうであるように、千代が生きる世界も理不尽でままならない。テルヲは、その抗いたくとも抗えない「理不尽」の象徴であったと言えまいか。そして、誰もが多かれ少なかれ心の奥底に持っている狡さ、自己中心的思考、甘えや逃げ。テルヲはその権化だったとは言えないだろうか。だから、テルヲへの反応は、観る者の映し鏡となってしまう。

 「毒親は朝ドラから排除しろ!」「出てくるな!」と、臭いものに蓋をするのは容易い。しかし、テルヲが千代にしてきたことの大筋は、モデルとされている浪花千栄子さんとその父の史実とかなり似ている。さらに浪花さんの父は、娘である浪花さんへのDVも辞さなかったという。そんな苦しい境遇から自分の意思で立ち上がり、日本を代表する喜劇女優になった彼女の人生を物語化するにあたり、「父親」といういちばん大きな障壁を漂白しない、過度に“令和加工”をしないことが、制作陣の浪花さんに対する敬意だったのではないだろうか。実際、明治〜昭和にかけては浪花さんのような苦しい境遇にあった人たち、つまり「たくさんの千代」がいたはずだ。それを「なきもの」にはできない。

 そして、現代社会に実在する毒親についても「なきもの」にはできない。独親を社会的・精神的に焼き討ちにして、制裁を加えればいいという問題ではない。いちばん大事なのは毒親の被害に遭う子どもたちを社会全体が守り、ケアすることだ。それがまさに、第75話での「テルヲの弔い」と称した「千代を囲む会」で実現されていたではないか。皆がそこに集まった理由はあくまでも「千代のため」。テルヲのことを弔いはするが、誰一人として「でもいい人だった」とも「死んで自業自得」とも言わない。そのどちらの言葉もが千代を傷つけるからだ。ただひたすら千代を労い、いたわり、テルヲのいるであろう「地獄」に向かって献杯し、「あの人、たまらん臭さやったな」と笑う。

 最後に千代の“売り言葉”を買い、「おまんらの芝居見に行ったるわ」と返すテルヲに千代は言った。

「今まで見たことないような面白いもん見せたるわ。嫌なことも全部忘れさしたるさかい。楽しみにしとき」

 今、千代は芝居をすることで「生き直し」の作業をしている。演じる者も、観る者も、人は物語によって救われることがある。千代の人生の第二幕が開けた。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。エンタメ全般。『ぼくらが愛した「カーネーション」』(高文研)、『連続テレビ小説読本』(洋泉社)など、朝ドラ関連の本も多く手がける。

■放送情報
NHK連続テレビ小説『おちょやん』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45
※土曜は1週間を振り返り
出演:杉咲花、成田凌、篠原涼子、トータス松本、井川遥、中村鴈治郎、名倉潤、板尾創路、 星田英利、いしのようこ、宮田圭子、西川忠志、東野絢香、若葉竜也、西村和彦、映美くらら、渋谷天外、若村麻由美ほか
語り:桂吉弥
脚本:八津弘幸
制作統括:櫻井壮一、熊野律時
音楽:サキタハヂメ
演出:椰川善郎、盆子原誠ほか
写真提供=NHK
公式サイト:https://www.nhk.or.jp/ochoyan/

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