『記憶にございません!』は“1粒で2度おいしい” 中井貴一を中心に適材適所のキャスト陣にも注目

1粒で2度おいしい『記憶にございません!』

 記憶をなくし、政治家としての自信を失った黒田は、小学校時代の恩師(山口崇)を官邸に招き、三権分立等、政治の基礎から勉強をはじめ、次第に“正しい政治家”として、賄賂や裏取引といったそれまでの慣習を自ら打ち破っていく。また、アメリカ大統領が来日した際は、日本の農作物の素晴らしさを語り、毅然とした態度でアメリカンチェリーの輸入関税引き下げを拒否。そのビジョンに打たれた大統領は黒田への支持を表明。

 すべてが上手く動き始めたところで、いよいよ内閣改造に着手する黒田。が、不正により官房長官の職を追われた鶴丸は黒田に刺客を差し向ける。

 じつは黒田、記憶を取り戻していたのだ。が、そのことを元々の事情を知る秘書官たちにも内緒にし、過去の“最悪の総理大臣”ではなく“正しい政治家”として日本の政治を変えようと内閣改造に力を注いでいたのである。

 本作の“肝”のひとつ=「黒田がいつ記憶を取り戻したのか」を三谷が非常にさりげなく演出しているため、1度観ただけではそれがいつなのかはわからない。多分……暗いキッチンで黒田が寿賀(斉藤由貴)にフライパンで頭を殴られた瞬間なのだろう。倒れこみからすぐに振り向き、寿賀に「憲法の三原則」を問うたあの時だ。

 とはいえ、確実にあの瞬間だと劇中で明示はされていないので、もしかしたら米大統領来日の際に彼はすべてを思い出していたのかもしれない。ゴルフや料理のやり方を忘れていたのもすべて黒田の芝居だと考えれば物語の整合性はとれる(まあ、それだと過去に手を出していたジェット・和田にああいう形で話しかけることはないかもしれないが)。

 このちょっぴり毒の効いたおとぎ話を主役として成立させた中井貴一。真面目にやればやるほど可笑しみが溢れ出るモードは彼にしか出せないと思う。こんな政治家や総理大臣が本当にいたらいいな、と少しの間、夢を見させてもらった。

 1度目は伏線を楽しみながらストーリーを追い、2度目は「黒田が記憶を取り戻した瞬間」を自分なりに考察しながら作品に触れる。そう『記憶にございません!』は「1粒で2度おいしい」映画なのである。

■上村由紀子
ドラマコラムニスト×演劇ライター。芸術系の大学を卒業後、FMラジオDJ、リポーター、TVナレーター等を経てライターに。TBS『マツコの知らない世界』(劇場の世界案内人)、『アカデミーナイトG』、テレビ東京『よじごじDays』、TBSラジオ『サキドリ!感激シアター』(舞台コメンテーター)等、メディア出演も多数。雑誌、Web媒体で俳優、クリエイターへのインタビュー取材を担当しながら、文春オンライン、産経デジタル等でエンタメ考察のコラムを連載中。ハワイ、沖縄、博多大吉が好き。Twitter:@makigami_p

■放送情報
『記憶にございません!』
フジテレビ系にて、1月9日(土)21:00~23:40放送
監督・脚本:三谷幸喜
出演:中井貴一、ディーン・フジオカ、石田ゆり子、草刈正雄、佐藤浩市、小池栄子、斉藤由貴、木村佳乃、吉田羊、山口崇、田中圭、梶原善、寺島進、藤本隆宏、迫田孝也、ROLLY、後藤淳平(ジャルジャル)、宮澤エマ、濱田龍臣、有働由美子
製作:フジテレビ、東宝
制作プロダクション:シネバザール
(c)2019 フジテレビ 東宝
公式サイト:https://kiokunashi-movie.jp/

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