『危険なビーナス』『浅田家!』で“地味”な男に 妻夫木聡の“滋味あふれる演技”を堪能
二宮和也主演『浅田家!』に続き、平均世帯視聴率14.1%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という好スタートを切った日曜劇場『危険なビーナス』(TBS系)。どちらにも出演しているのが、“名優”の域に足を踏み入れつつある俳優・妻夫木聡だ。前者では脇に回るかたちで、後者では主演でありながら、作品の、ひいては周囲のキャラクターたちの引き立て役を担っている。
『浅田家!』で妻夫木が演じているのは、主人公・浅田政志(二宮和也)の兄。彼は自由奔放な政志とは違い、非常にマジメな男だ。とはいえ、のらりくらりと行き当たりばったりの人生を送る弟に対し、怒鳴りつけるようなことは決してしない。呆れながらも、政志のその動向を見守っている一人なのだ。本作は“家族映画”だと言えるが、この浅田家の中で最も地味なのがこの兄。自由人である弟をマイペースで見守る両親に、彼は渋々ついていくスタンスである。
政志役に二宮和也、母親役に風吹ジュン、父親役に平田満と、優れた演技者が配されている『浅田家!』だが、これが絶妙なバランスだ。主人公・政志は自由奔放だが、ある意味さらに自由に彼を見守る家族たちというポジションは、そのさじ加減を間違えてしまえば大変な問題のある家族だと映ってしまうことだろう。それは物語内の話だけでなく、映画そのものに対しても言えること。「浅田家」の存在は、映画『浅田家!』とイコールである。このバランスを丁寧に保っているように思えるのが妻夫木の存在なのだ。“地味”だと先に記したが、彼が最も普通であり、恐らく多くの観客がこのキャラクターに肩入れしたのではないだろうか。
さて、そんな妻夫木による久しぶりの主演ドラマが『危険なビーナス』。本作で描かれるのは、とある失踪事件をきっかけに、主人公が謎の女性とともに遺産をめぐる名家の争いに巻き込まれていくという壮大なスケールのミステリー。しかし妻夫木が演じているのは、こちらもまたどうにも地味な男である。それも、主演かつ狂言回しというポジションにありながらだ。私たち視聴者は、彼が演じる手島伯朗の視点とともに物語の展開を歩んでいくことになる。
本作でも妻夫木の役どころを“地味”だと言ってしまったが、これもまた『浅田家!』と同じく、そうでなければならないものだと思う。本作のヒロインは吉高由里子で、彼ら二人を囲むのは、ディーン・フジオカ、麻生祐未、戸田恵子、坂井真紀、小日向文世……といった、個性あふれる豪華な面々。しかもその多くが演じているのが、クセのあるキャラクターたちである。ここで妻夫木までもが第1話からトップギアでいっては、あまりいい意味でなく“騒がしいドラマ”になってしまうことだろう。主役であるはずの彼が“受け手”を引き受けることで、このドラマは成り立っているのだ。他者の個性を受け止めながら作品を率いていくことができるというのは、本当の実力者の証なのではないか。そもそも彼が演じる伯朗は、この騒動に“巻き込まれていく”人物だ。
それに恐らく本作の面白さは、さまざまな謎が解き明かされていくにつれ、ヒロインはもちろんのこと、伯朗という男がいったいどんな人物であるかが明かされていく点でもあるはずだ。妻夫木が『浅田家!』の土台として禁欲的な演技を保ったのとは異なり、こちらでは伯朗が変化していく演技を楽しむことができそうである。