『憂国のモリアーティ』の贅沢な楽しさ 『シャーロック・ホームズ』×『007』×『PSYCHO-PASS 』を楽しめる!
「設定」と「キャラクター」の魅力について紹介してきたが、肝心のストーリーにも“シャーロキアン”ならニヤリとするような仕掛けがちりばめられており、劇中で起きる事件には『四つの署名』『緋色の研究』『ボヘミアの醜聞』等々、原作の名エピソードとのリンクが張られている。モリアーティの腹心の部下で、原作ではホームズを苦しめたモラン大佐も、ウィリアムの強い味方として描かれ、ホームズを惑わす女性アイリーン・アドラーには、あっと驚く活躍の場が用意されている。
さらに、原作の中でも屈指の悪役といえる“恐喝王”ミルヴァートンは、ウィリアムとシャーロック共通の敵として登場する(ちなみにこのエピソードでは、『SHERLOCK/シャーロック』との関連性も感じられ、実に興味深い)。また、劇中には実在の殺人鬼ジャック・ザ・リッパー(切り裂きジャック)が登場するエピソードもあり、同じく『シャーロック・ホームズ』を題材にした映画『名探偵コナン ベイカー街の亡霊』や、前述の『黒執事』と比較してみるのも一興だ。
このように、独自性を打ち出しながらも原作愛がしっかりと込められているのも、『憂国のモリアーティ』が人気を博す大きな理由といえるが、もう一つ忘れてはならない魅力がある。それは、『シャーロック・ホームズ』にとどまらず、同じ英国を舞台にした『007』の要素までもが、ふんだんに盛り込まれていること。
なんと、本作ではイギリス陸軍で出世したアルバートが諜報機関「MI6」を率いる立場となり、“M”を名乗るのだ。MI6は、『007』で主人公のジェームズ・ボンドが属する組織であり、Mは上官のポジション。さらに、武器開発者の“Q”、女性の諜報員マネーペニーといったおなじみのキャラクターも続々と登場。ボンドに至っては、「そう来たか」なサプライズが仕掛けられている。
つまり、『シャーロック・ホームズ』と『007』の世界がつながるという、夢の展開が待ち構えているのだ。シリーズ最新作『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』の劇場公開は来年に持ち越されてしまったが、溜飲を下げてくれるようなサービス精神に満ちている。
多様な要素で読者を楽しませてきた『憂国のモリアーティ』だが、アニメ版にはさらに痺れる要素が加わった。それは、人気アニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』風味だ。
先日放送&配信されたアニメ版第1話を観ると、細かな描写に『PSYCHO-PASS サイコパス』との類似点を観ることができる。例えば冒頭に挿入される、犯人の不気味に笑う口のアップ(ニッと歯が覗く瞬間がおぞましい)、ウィリアムにカマをかけられた際の容疑者の表情の変化、我が子をシリアルキラーに殺害された仕立屋の暗く沈んだ目、血の見せ方など、『PSYCHO-PASS サイコパス』好きならおなじみの演出・描写がいくつも仕込まれている。
それもそのはず、『憂国のモリアーティ』のアニメーション制作は『PSYCHO-PASS サイコパス』と同じくProduction I.G.が手掛けており、さらに言えば原作漫画を手掛ける三好輝(構成は竹内良輔)は、『PSYCHO-PASS サイコパス』のコミカライズ『監視官 常守朱』の作者でもある。こういった部分から見ても、両作品の親和性は非常に高い。
うがった見方をすれば、『PSYCHO-PASS サイコパス』の「犯罪抑止のため、人間がシステムに管理される社会」という舞台設定、そのシステムに対抗し、社会の転覆を狙う敵役・槙島聖護や鹿矛囲桐斗の存在など、『憂国のモリアーティ』とオーバーラップするようなエッセンスが複数見受けられる。