『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が生み出すカタルシス “真っ白な人"の歩みを辿る
そして新型コロナウイルス感染拡大による公開延期を経て、9月18日に『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』が公開された。そこでは京都アニメーションの本領発揮ともいうべき映像美に圧倒されるだろう。特に、今作では水や海の描写がとても美しく、ため息がこぼれるほどだった。
ヴァイオレットを象徴する台詞として7話の「自分がしてきたことでどんどん体に火がついて、燃え上がっています」という言葉がある。過去の従軍経験において兵士として人を殺めてしまった罪の重さに気がつき、苦悩するシーンだ。そしてその思いは他の元軍人たちにも共通するものであり、戦争が終わったからこそ苦しめられている。その自らの精神を焼く炎を消すための存在である水、そして死者が還り、命が生まれる場所としての海を美しく描くことで、過去の後悔を和らげてくれる。ヴァイオレットという少女の中で戦争が終わり一歩を踏み出すことができると、高らかに宣言しているかのようだった。
また本シリーズで共通していたのが、ヴァイオレットの歩く方向だ。第2弾のCMやOP、EDでも繰り返しヴァイオレットが歩くシーンが多用されているのだが、その方向はいつも上手から下手(右から左)に進んでいた。一般的に映像演出の場合、上手から下手に進む際は過去を見つめている、という意味もあるとされている。つまりヴァイオレットはずっと過去を真っ直ぐに見つめているという演出を繰り返しているのだが、劇場版のある大きな見せ場ではその方向が逆になり、下手から上手に向き、未来を見つめる。歩く向き1つをとっても、多くの時間をかけて丁寧に描いてきたことで、劇場版に特別なカタルシスがあるように作られているように感じられた。
そして何よりも鬼気迫るという表現になるほどの“思い”に圧倒される。石立太一監督は舞台挨拶で「京都アニメーション内ではヴァイオレットのことを“真っ白な人"と呼んでいる」と発言していたが、まさしく作中からは真っ白な純粋なる思いが伝わるばかりで、怒りや恨み、妬みのような黒い感情が一切感じられなかった。ヴァイオレットが追いかけてきた「アイシテル」という思いを作中全体で叫んでいる。そしてそれは背景、美術などが生み出す世界や、人々の生活全てから感じ取れる。
月並みなことを言うようだが、人生は楽しいことばかりではない。自分の力ではどうしようもない苦境、あるいは生老病死のような、運命と呼ぶしかない出来事もある。それでも、その人生は美しいと、この世界を“アイシテル”と叫び、祈り続けている。
京都アニメーションは劇中に登場する花言葉に意味を託す演出でも知られているが、ヴァイオレット(すみれ)の花言葉は「小さな幸せ」「愛」だ。ヴァイオレット・エヴァーガーデン=愛が永遠に咲き誇る庭の名にふさわしい作品だろう。
■井中カエル
ブロガー・ライター。映画・アニメを中心に論じるブログ「物語る亀」を運営中。平成アニメの歴史を扱った書籍『現実で勇者になれないぼくらは異世界の夢を見る』(KADOKAWA刊)が発売中。@monogatarukame
■公開情報
『劇場版 ヴァイオレット・エヴァーガーデン』
全国公開中
出演:石川由依、浪川大輔
原作:『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』暁佳奈(KAエスマ文庫/京都アニメーション)
監督:石立太一
脚本:吉田玲子
キャラクターデザイン・総作画監督:高瀬亜貴子
世界観設定:鈴木貴昭
美術監督:渡邊美希子
3D美術:鵜ノ口穣二
色彩設計:米田侑加
小物設定:高橋博行
撮影監督:船本孝平
3D監督:山本倫
音響監督:鶴岡陽太
音楽:Evan Call
アニメーション制作:京都アニメーション
製作:ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
配給:松竹
(c)暁佳奈・京都アニメーション/ヴァイオレット・エヴァーガーデン製作委員会
公式サイト:http://violet-evergarden.jp
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