『聲の形』はアニメ史のターニングポイントだった 京都アニメーションが成し遂げた実写的表現

『聲の形』京アニが成し遂げた実写的表現

山田作品と映画史との結びつき

 最後に、本作についてもうひとつ言い添えておけば、先ほど『映画 聲の形』はこれまでの映画史の流れは明示的な形で参照されていないと書いたが、実はこれもそうとも言えない面があるのだ。

 監督の山田尚子の作家性とも絡めて『映画 聲の形』の位置づけを考える時に重要な要素としては、おそらく1960〜70年代カルチャーとの結びつきがある。例えば、長編映画監督第1作の『映画 けいおん!』では、60年代ロンドンのモッズ青年たちを描いたフランク・ロッダム監督の青春映画『さらば青春の光』(1979年)への目配せがわかりやすく示されていたが、『映画 聲の形』ではその『さらば青春の光』の原作(『四重人格』)を手掛けたザ・フーの「マイ・ジェネレーション」(1965年)がオープニングで印象的にフィーチャーされている。これらの「エバーグリーン」な要素は、どこか山田作品に70年代ニュー・シネマ的な雰囲気をまとわせている。その意味で、実は山田も間接的に、『君の名は。』の新海誠同様、岩井俊二や大林宣彦といった先行する日本映画の重要作家の系譜を受け継いでいるとも言えるだろう。

 これも以前、高瀬康司氏、石岡良治氏が私との対談で示唆していたことなのだが(「新海誠のポストメディウム性をめぐって」、『Mercaβ04』所収)、新海に大きな影響を与えた岩井俊二は、自分の映画的記憶の原体験に、まさにジョージ・ロイ・ヒル監督のニュー・シネマの代表作の1本、『明日に向かって撃て!』(1969年)の中の、「雨に濡れても」をバックに主人公とヒロインが自転車に乗りながら戯れるシーンを度々挙げている。確かにこのシーンの音楽とマッチした軽快なカッティングや、時折見られるギラギラした逆光のインサートは後年の岩井の映画を彷彿とさせるところがある。しかし同時に、このシーンはどこか『映画 聲の形』のオープニングのあの小学生時代の将也が闊歩して川に飛び込むあの爽快さを思わせないだろうか。思えば、『映画 聲の形』のすでに述べた特徴的なソフト・フォーカスやレンズフレアも、新海のアニメーション同様、岩井映画の映像表現ときわめて重なるところがある。

 あるいは、『映画 聲の形』は主人公・将也の小学生時代のいじめが彼にとってトラウマ的な記憶になっていることが物語の主軸をなしているが、この過去の記憶=トラウマを昇華できるかどうかというモティーフは、やはり記憶の問題でありながらも「記憶喪失」の物語が大きな要素となる新海(『君の名は。』)や岩井(『花とアリス』)、そして大林宣彦(『時をかける少女』)といった映画作家たちとコントラストを形作ってもいる。

 ……と、こんなふうに、『映画 聲の形』を映画ファンの視線からも、現代作品と比較しながらさまざまに解釈して楽しむことができるだろう。京アニにしか作り得ない、端正な風格を湛えた青春アニメの傑作を、ぜひテレビで堪能していただきたい。

■渡邉大輔
批評家・映画史研究者。1982年生まれ。現在、跡見学園女子大学文学部専任講師。映画史研究の傍ら、映画から純文学、本格ミステリ、情報社会論まで幅広く論じる。著作に『イメージの進行形』(人文書院、2012年)など。Twitter

■放送情報
映画『聲の形』
日本テレビ系にて、7月31日(金)21:00〜23:14放送
※放送枠20分拡大
制作:京都アニメーション
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
声の出演:入野自由、早見沙織、松岡茉優、悠木碧、小野賢章、金子有希、石和由依、潘めぐみ、豊永利行
(c)大今良時・講談社/映画聲の形製作委員会

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